| 第79回新田義貞の隠し湯
 群馬県は日本列島のほぼ中央に位置し、西部と北部の県境には高山が連なり、
 南東部には関東平野が開けています。
 県土の3分の2は丘陵山岳地帯が占めているので、
 当然のことながら温泉は西部と北部に集中しています。
 ですから現在のように掘削技術のなかった昔は、
 平野部に湧き出る温泉は、たとえ温度が低くても、
 それはそれはありがたい、地からの恵みだったのです。
 群馬県最東端の温泉地、やぶ塚温泉は古くから湯治場として近在の人たちに愛されてきました。
 天智天皇の時代に開湯されたと伝わり、
 南北朝時代の武将、新田義貞が鎌倉に攻め入ったとき、
 傷ついた兵士をこの湯で癒やしたことから
 「新田義貞の隠し湯」とも呼ばれています。
 言い伝えでは、昔、小さな社の下の岩の割れ目から、こんこんと熱い湯が湧き出ていたといいます。
 ある日、この温泉に1頭の馬が飛び込み、
 高くいななかくと、雲を呼び、雨を起こして、
 天高く舞い昇っていきました。
 すると温泉は、たちどころに冷泉に変わってしまったといいます。
 ところが村人の夢枕に薬師如来が現れ、
 「この冷泉を沸かせば、万病に効く霊泉になる」とのお告げがあり、
 以来、やぶ塚温泉は冷泉ながら沸かし湯として、
 多くの人に親しまれてきました。
 その冷泉は、現在でも温泉神社の石段下に湧いています。源泉名を「巌理水」といい、村人たちにより守り続けられています。
 この地で最も古く、江戸後期より鉱泉宿を営んでいる
 「開祖 今井館」の9代目主人、今井和夫さんは、
 湯の効能について、こう言います。
 「昔から『おできは、やぶ塚に行けば治る』と言われています。
 皮膚病に特効があり、草津や伊香保で治らなかった人が、
 うちの湯に10日間入ったら治りました。
 吹き出物なら朝から4回入れば、1日で治ってしまいますよ」
 温泉は天与の恵み。だから「加水せずに100%の源泉を利用したい」と、
 あえて露天風呂を造らず、内風呂だけを大切にしています。
 日帰り入浴客をとらないのも、
 滞在する宿泊客を大切にしたいから。
 湯守(ゆもり)としての気概を感じる宿です。
 温泉で元気は今回で最終回です。ご愛読下さり、ありがとうございました。
 
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