| 第74回牧水が泊まった宿@「旅館みやま」
 <沼田駅に着いたのは七時半であった。(中略)電車から降りると直ぐに郵便局に行き、
 留め置になっていた郵便物を受け取った。
 局の事務員が顔を出して、今夜何処へ泊まるかと訊く。
 変に思いながら渋川で聞いて来た宿屋の名を思い出して
 その旨を答えると、そうですかと小さな窓を閉めた。
 宿屋の名は鳴滝といった。>
 (『みなかみ紀行』より)
 大正11(1922)年10月21日。歌人の若山牧水は朝、四万(しま)温泉の宿を出て、
 中之条から電車に乗って、午後、渋川に着きました。
 駅前の小料理屋で食事をとった後、ふたたび渋川から電車に乗り、
 沼田まで足を延ばします。
 その晩、投宿した宿が「鳴滝(なるたき)」でした。
 その後「鳴滝」は廃業しましたが、昭和20年代になり建物は水上温泉郷にある小さな温泉地、うのせ温泉に移築され、
 「みやま荘」として営業が開始されました。
 昭和40年代には一時、群馬県の研修施設として使用されたこともありましたが、昭和57(1982)年に現在のオーナーが買収。
 ふたたび「みやま荘」として営業を始めました。
 少しずつ増改築を施しながら平成14年に修復工事が完了。
 「旅館みやま」としてリニューアルしました。
 外観はすっかり変わってしまいましたが、それでも本館のそこかしこに、当時の面影が残っています。
 黒光りした太い梁(はり)や大黒柱、
 時を刻んだ屏風(びょうぶ)絵など、歴史の証人のように
 昔と変わらぬ姿でたたずんでいます。
 みなかみ町を見下ろす露天風呂は、かつて「鳴滝」があった沼田方面を向いています。
 もし牧水が生きていて、あのとき泊まった町の旅館が
 今は温泉宿になっていることを知ったら……
 温泉好きの牧水のことですから、さぞかし喜んで、
 訪ねて来ることでしょうね。
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