温泉で元気・小暮淳

温泉ライターが取材で拾った
ほっこり心が温まる湯浴み話

第73回
裸の大将が愛した湯

大正13(1924)年のこと。
谷川岳を望む利根川沿いの田んぼに、
冬でも雪解けが早く稲が枯れる場所があり、
不思議に思った深津謙三さんが原因を探ろうと掘ったところ、
温泉が湧き出たといいます。
湯小屋を建て、しばらくは無料で村人に開放していましたが、
昭和2(1927)年に「辰巳館」を開業しました。
現在の深津卓也さんで4代目になる、
上牧(かみもく)温泉で一番古い旅館です。

源泉の温度は約41度と、ややぬるめですが、
弱アルカリ性の湯が肌にサラリとまとわり付きます。
泉質は「化粧の湯」とも呼ばれ、
美肌の湯として親しまれてきた芒硝(ぼうしょう)泉。
たいへん保温保湿効果に優れている温泉です。

ここに名物の「はにわ風呂」があります。
何が名物かと言えば、“裸の大将”で知られる放浪の画家、
山下清の絵が、浴室の壁一面に描かれてるのです。

上牧温泉という自然に恵まれた静かな土地に、
清の素朴で素直な人柄が、ぴったり合ったのでしょう。
彼は昭和30年代に何度となく、辰巳館を訪れています。
同36年の春、大峰山の大峰沼に出向いて下絵を描き、
2カ月かけて貼り絵を仕上げたといいます。
その原画をもとに、特殊なモザイクガラスを使い作成した
大壁画が『谷川岳と大峰の大沼』です。
完成時には、清自身が署名部分のタイルを貼りました。
自らの視力の低下と闘いながら、情熱を傾けて完成させた
本邦唯一の作品で、晩年の傑作といわれています。

見れば見るほど、不思議な絵です。
大峰沼にあるはずのない、ボートや釣り人の姿が描かれています。
また紅葉に包まれた晩秋の山の中なのに、描かれている人たちは、
みんな半袖の夏服を着ています。
これらはすべて、清独自のユニークな発想によるものです。

さらに、この壁画の中には、清自身が描かれています。
さて、どの人でしょうか?
やさしい化粧の湯に抱かれながら、
裸の大将を探してみるのも一興です。


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2012年8月8日(水)

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