第75回
牧水が泊まった宿A「ゆじゅく金田屋」
<湯の宿温泉まで来ると私はひどく身体の疲労を感じた。
数日の歩きづめとこの一、二晩の睡眠不足とのためである。
其処(そこ)で二人の青年に別れて、日はまだ高かったが、
一人だけ其処の宿屋に泊まる事にした。>
(『みなかみ紀行』より)
大正11(1922)年10月23日。
歌人の若山牧水は、法師温泉の帰り道に
湯宿(ゆじゅく)温泉に投宿しています。
著書『みなかみ紀行』(大正13年)の中では、
宿名は記されていませんが、この宿は「金田屋」です。
明治元(1868)年の創業。
牧水が立ち寄った大正11年当時は、2代目の時代でした。
「牧水さんが泊まられた部屋は、離れの蔵座敷でした」
と5代目主人の岡田洋一さんに、
現在はロビー続きになっている蔵の中へ案内されました。
ひんやりとした空気と重厚な白壁に包まれた
急な階段を上がります。
床の間の横には、座卓が置かれていました。
<一人になると、一層疲労が出て来た。
で、一浴後直ちに床を延べて寝てしまった。>
まだ各宿に内湯など持たない時代のことです。
当然、牧水は外湯(共同湯)へ湯を浴(あ)みに
行ったことでしょう。
その共同湯「窪湯」は、今でも金田屋の隣で湯けむりを
上げています。
赤ん坊の泣き声、それをあやす女性の声、
子どもたちの笑い声が石畳の路地裏に響き渡ります。
自宅に風呂を持たない地元の人たちにとって共同湯は、
現在でも一日の疲れを癒やす、社交の場であります。
湯宿温泉は、古き良き湯の町風情が今も残る温泉地です。
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