蓬莱仙人・大海淳さんの
身体にいい話

第95回 (旧暦4月13日)
イモ・果実食や畜産食が文明を育めなかったワケ

今日は第92回のコメの話の続きです。
先回では、イモ・果実食や畜産食では文明が生まれず、
でんぷん食の穀食だけが
文明を誕生させることができたと述べましたから、
今回はその理由を書いてみることにしましょう。

まず、イモ・果実食というのは、
主として南大平洋の島々や熱帯アフリカなどで行われてきた
食形態ですが、こうした気候風土のもとでは
穀作や畜産のように食物生産のために多くの労力を費やすことなく
比較的簡単にイモ類や果実などの
食物を手に入れることが可能です。
したがって、大きな集団社会を形成し、
共同して食物生産にあたったり、
食物を長期にわたって貯蔵したりする必然性もありませんから、
こうした社会では文明が発達することはありません。
というよりも、イモ類や果実というものは、
そもそも穀類のように長期の保存がきかないため、
たとえ集団社会を形成しようとしても、それができにくいのです。
そして、大きな集団社会を持たないということは、
外的からの攻撃や侵略に対して
非力であるということになりますから、こうした地域の人たちが、
やがて植民地化という運命を余儀なくされるようになったのも、
こうした食形態がもたらした
宿命であったといえなくのないでしょう。

次に、畜産食の場合についていえば、
畜産食はそもそも家畜の餌にされるような草しか育たない
ヤセた土地で行われてきたもので、
遊牧という移動性の生活を主とすることや、
広いテリトリーを必要とすることなどから、
やはり大きな集団社会を形成することがむずかしく、
文明を育むまでには至らなかったのです。
これが、イモ・果実食や畜産食で文明が誕生しなかった
大きな理由ですが、これに対して穀物食では
ナゼ文明を育むことができたのか、
明日はそれについて考えてみることにしましょう。


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