第116回
いくら出版業界が不況でも・・・
サブプライム不況以前から、
インターネット・メディアの台頭と共に、
すでに、「不況業種」と指摘されて久しい出版業界ですが、
最近は、いくつかの大手出版社の赤字転落の行方すら
危惧されています。
出版業は他の製造業に比べて設備投資が少ない分、
優秀な人材に高額の給料を払う、
いわゆる人材投資を使命としていました。
しかし、新たなメディア環境と不況環境に対応して、
ヒット商品を開発する編集人材も営業人材も
経営人材も払底したのでしょうか?
ジリ貧が目立ちます。
僕のような耄碌した昔・編集者ならずとも、
「活字を愛する読者」の多くが心配しているはずです。
ちなみに、一発、ミリオンセラーがヒットすれば、
自社ビルは立つほどの優良企業に
成り上がるチャンスがあるというので、
出版社が林立したわけですが、
この不況環境とメディア環境の変化に追いつけず
先人の残した過去の資産で食いつないでいく
出版社もあるようなのですね。
本来は、新聞やテレビのマスメディア報道では得られない、
卓越した未来予測やタブーに
果敢に挑戦する情報が得られるというので
出版物が読者の大いなる期待を担って歓迎されたわけです。
しかし、雑誌、書籍にしても、いま流行の新書にしても、
「金太郎飴」のような同じ論調内容に
推移しているのはどうしたことか?
そう思うのは僕のような昔の編集者だけでしょうか?
おまけに、大抵の人がインターネットで
情報のやり取りをする時代です。
目先の利益も度外視してはできませんが、
「活字メディアを愛する心」が問われている
といったらいいでしょう。
ところで、僕の近辺でも、本当に出版社スタッフが
「活字を愛している」のかどうか?と疑いたくなる
情けない出来事がありました。
僕が、10ヶ月ほど前に「大正霊戦記」という
評伝ノンフィクションを自社出版したことは、
このコラムでも何度か書かせてもらいました。
もうタブーとされた100年前の近代史の一断面を
書き下ろした秘話ですから、
多くの読者からの好意に満ちた手紙だけでなく、
「初めて知った話で驚いた」といった手紙も
たくさんいただきました。
もちろん、僕はこの本で儲けようと考えたのではなく、
ささやかな歴史資料本として残そうと考えて出版したわけですが,
少しでも多くの読者に読んでもらいたいと思って、
昔のメディア仲間たちにも
「書評」を頼むために献本・贈本もしました。
忙しい中、心ある編集長や編集者、また作家、評論家の方々が、
熟読してくださって、いくつかの新聞や週刊誌にも
「新刊紹介」をしてくださいました。
本当に、ありがたいことでした。
さて、最近、僕は自著を献本や贈本するときに署名はしません。
読み終わったら古本屋に売ってもらって構わないと
思っているからです。
ただ、僕の本に限らず、
読まずにそのまま古本屋に売ってしまう編集者が
何割かいるようなので、
本来、「活字を愛する仕事に従事している」人が、
これでは困るなあ・・・と残念に思って、
なるべく読んで貰えそうな人に贈るのですが、
先日は、こんな吃驚するケースに逢いました。
何気なく、拙著「大正霊戦記」のキーワードで
インターネット検索をしていると、
なんと早くも、この本がネット・オークションで
「売約済み」になっていたのです。
まあ、これも時代か? と、苦笑しながらよく見ると、
この本が、ある「雑誌の編集長」に贈ったモノだと
分かったのです。
無署名ですから、誰が売ったのかは分からないはずですが、
たまたま挿入しておいた「書評依頼」の僕の葉書までが、
一緒に「オークションで売られていた」のです。
直接、この編集長がオークションに出品したとは思えませんが、
本来、「活字を愛する」はずの編集長が、
贈られた本の中味も確かめずに、ゴミ箱に捨てたか、
古本屋か古本編集者マニアに回した結果なのでしょう。
これが、いまの「編集者根性」とは思いたくありませんが、
出版不況の時代とは言え、まったく呆れてしまいました。
話を本題に戻します。
100年に一度の不況期こそ、
「活字を愛する」出版社スタッフの本領を発揮するチャンスです。
心ある編集者などが、
前からメディア・ミックスの新事業を開拓しています。
いまこそ、出版社は旧に倍して「活字」を愛しましょう。
大いに期待しておりますよ・・・。
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