第66回
なぜ患者が見捨てられるのか?
「貧乏人は病院にかかれない」
「地方の人は病院にかかれない」
「高齢者やリハビリ患者は長期入院ができない」
「末期ガン患者は病院のたらいまわし」
「難病患者、高齢患者、介護患者が路頭に迷う」
おまけに「貰えるはずの年金が返ってこない」
――これを「患者漂流」といいます。
とくにガンの場合の「患者漂流」を考えて見ましょう。
なぜ、末期のガン患者が、ガン拠点病院を追い出され、
緩和病棟で「死を待ちなさい」と宣告され、
在宅ないしは一般病院をたらいまわしされるのか?
テレビや新聞のガン特集を見ていると、盛んに、
医療事業の3要素=「カネ・ヒト・モノ」から問題視されます。
「カネ=医療財政の破綻」
「モノ=病院不足」「ヒト=医師不足」・・・。
しかし、医療の使命は一般事業と違います。
人間の生命を保全する事業ですから、
カネ・モノ・ヒトの前に「イノチ」の質を二の次にしては、
「患者漂流」を解決する道は開けないと思います、
なぜ、これほど莫大な医療費を国も個人も負担して、
ガンの死亡者が減らないのか?
なぜ、ガン患者が
病院たらいまわし=「患者漂流」で見捨てられるのか?
誰しもが不思議だと思いませんか?
問題は、ズバリ、
「西洋医学のガン治療と制度には限界がある」という
「イノチの質」「医療の質」という基本問題について、
医学界はもちろん、政治もメディアもタブーとして
触れないところにあると思います。
明治以来、125年間、西洋医学至上主義システムは
科学的標準治療と称して
「手術、抗ガン剤、放射線」しか認めていません。
医師も患者も、体を痛めつける手術や劇薬化学剤を、
最も優れた医術と考えています。
ですから、
大半の患者が「激烈な治療」が最新治療と信じ、
大半の医師が「激烈な治療」で経営を成り立たせる・・・、
この悪循環の繰り返しですから、
そして偏狭な制度のゆえに、膨大な医療費が掛かる割には
「ガンで亡くなる人が減らない」
「患者漂流」が起るわけです。
たとえば、インターネットの
製薬会社のサイトで調べればわかることですが、
僕が投与されたシスプラチンという抗ガン剤はもちろん、
大半の抗ガン剤が「毒薬」として登録されています。
しかし、抗ガン剤=即「魔法の最新薬」としか
喧伝されませんから、
細胞を叩きのめす『強い薬』が最新の抗ガン剤だ――と、
次々と『激烈な治療』を求める患者が出てくるわけです。
患者はガンそのものではなく
「激烈な治療」「偏狭な制度」でいのちを縮めていないか?
そろそろ、日本でも近代125年の西洋医学一辺倒の錯覚から
目覚めるときではないか?
極論を申し上げれば
「ガン死亡者激増」「ガン患者漂流」の原因は
「西洋医学一辺倒にあり」と、
僕は長い闘病体験の中で痛感しています。
いま問われているのは「イノチの質」「医療の質」です。
「患者漂流」は元気な30代、40代、50代にも
「明日はわが身」の問題です。
別に、僕は東洋医学や代替療法の肩を持つわけではありませんが、
これからは「治療の選択肢」を広げ、
西洋医学と東洋医学の統合治療を推進すべき時代が来た――、
ここに「患者漂流」を解決する道がある――
と思っているわけです。
あなたは、どう考えますか?
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