この本ができたとき、私はふだんのご無沙汰のお詫びもかねて、約二百冊を友人たちに贈呈した。いつも本を送っても、ろくに礼状はもらえないのが、この本に関するかぎりの山のように返事が返ってきた。たいていは、「女房が喜んでいる」「我が家の食卓が賑やかになった」といった内容であり、役に立つということは反応のあるものだなと感心したが、ひるがえって考えてみると、いつも本を送ってもさっぱり反応がないのは役に立っていないという証拠になる。
笑ったらいいのか、悲しんだらいいのか、ちょっと判断に困る出来事なのである。
我が家のコックは、この本を作製中ずっと台湾へ帰っていたが、本ができてきた頃にまた台湾から舞い戻ってきた。本の中に出てくる料理の数が六十数種しかないのを見て、「この家の料理は千くらいはあるのに、どうしてこんなに少ししか載せないのですか?」ときいた。
「それは誰にでもできる料理を選んだからですよ。うちの娘でも、本を見たら、この通りにできるというのを前提として選んだメニューなんだから」と私は答えた。
「じゃ、もういっぺん、今度は"邱家菜単"というエンサイクロペディアのような写真入りの大きな本をつくる必要がありますね」
とうちのコックはいう。しかし、一冊つくっただけでもヘトヘトだし、写真入りで厖大な全集をつくっても、とても売れそうにない。だから今後もそういう計画があるわけではまったくない。
しかし、自分の家のふだんの料理をカラー写真にして一冊の本にしてもらえたことは、妻にとっては、生涯のしあわせの一つということができよう。商売気があってつくる本ではないから、この本を見ていると、「作り方」のほかに、「調理のポイント」というところが出てくる。中国人の料理の先生なら、教えないで残しておく部分である。たとえば、キャベツ炒めのところを見ると、「炒めるまでキャベツは水につけておき、強火で、さっと炒めます。油が全体に回ったら、すぐ火を止めます」と書いてある。つまり野菜を炒めるコツは、買ってきた野菜の水気が切れているとおいしくない。青いまま炒めあげる要領はガスを全開にして、強火で炒めることにつきる。たったそれだけのことだが、ほかの料理本には書いていないことがこの本には書いてあるのである。
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