こういう表現に出会うと、食の細い人は、私の家でSM大会でもやっているように早合点するかもしれない。胃袋の許容量をオーバーして物を詰め込まれるくらい苦しいことはないからである。しかし、胃袋の巨大な、食べることに目のない人なら、睡液の分泌がとたんに旺盛になるに違いない。食べるということは、ただおいしいものが食卓いっぱいに並べられていることではなくて、何を食べたあとは、つぎに何を食べるか、という物の順序がきわめて重要だからである。
しかし、その前に、安岡さんのいう「紅焼芋頭扣肉」のつくり方を簡単に説明しておこう。
この料理に必要な材料は、豚のバラ肉六百グラムと八つ頭二つ、あとはすべて調味料と手間だけである。
まずバラ肉を丸のまま、醤油と砂糖大さじ二杯分混ぜあわせたもので、まぶして、約一時間おいておく。天ぶら油を強火で熱し、その中に肉を丸ごと入れて、キツネ色になるまで揚げる。
お茶(日本茶でよい)を淹れて、その中で、揚がった肉を洗い、油臭さをおとす。肉は、幅一センチ、長さ、六、七センチほどに切る。八ツ頭の方も、皮をむいて、ほぼ同じ大きさに切り、やや深みのある皿の中に、一枚ずつ交互に並べていく。
一方、醤油、酒、砂糖、化学調味料、それに紅腐乳、ニンニク、細かく刻んだ陳皮を混ぜあわせて、上にかけ、さらに残ったソースに水をちょっと加えて、全部上からかけてしまう。この深皿をせいろの中に入れて、約二時間ゆっくり蒸せばできあがる。紅腐乳というのは、デパートや南京街の中華材料店に行くと、腐乳といって売っている豆腐のチーズのことであり、白と紅と二種類あるが、この場合は、紅腐乳を使う。近所に中華材料店がなかったり、代用品で間に合わせたいと思った揚合は、八丁味噌か名古屋味噌を使えばよいし、また陳皮とはミカンの皮を干したものだから、ミカンか柚子の皮で代用すればよい。
料理としては以上のようにすこぶる簡単だが、美味しく仕上げる要領は、長い時間をかけてゆっくり蒸し、八ヅ頭に豚の旨味がしっかり浸み込み、肉と芋を一枚ずつ重ね合わせて挟みあげたときに、口の中でトロリと溶けるくらいまで手聞ヒマをかけることであろう。(詳しくは『邱家の中国家庭料理』中央公論社刊をご参考にしていただきたい)
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