第938回
人間の深層心理に迫る必要があります
私が新日鉄の八幡製鉄所で
新規の事業を考えださなければならないとき
「老齢化」の流れに目をつけて、
生活面のサービスを提供する会社をつくりましたが、
その試みは失敗でした。
このことで頭を抱えてしまい、
途方に暮れてしまいましたが、
そんな私の頭に、ずいぶん前に読んだ
邱さんの文章が浮かんできました。
「年をとったらデパートの隣のマンションに住もう」
という趣旨の次の文章です。
「子供たちが皆それぞれ独立して、
じいさん、ばあさんだけになって、
お手伝いさんもいないようになったら、
そのときはどうすればよいか、
いろいろ検討した末に私たちが出した結論は
『デパートの隣のマンションに住むことだ』
ということになった。
デパートの隣のマンションなら
買い物には便利である。
また同じマンションの中に、
医者も歯医者も弁護士も代書屋もいる。
今日はなんとなく食事の用意がしたくないなあと思えば、
ドンと足で鉄の扉を蹴って戸じまりをすれば、
その足でデパートの食堂に出かけることもできる。
『おばあさんや。今日は和食にしようか、
それとも洋食にしようか』
なにしろデパートの食堂だから、
そばでもマカロニ・グラタンでも
何でもお望みのものがある。
金がなければもちろん駄目だが、
その点の用意もちゃんとしておいた上に、
クレジット・カードをもっておれば、
その場で現金を払わなくても
好きなものが食べられる。
しかし、外食ばかりしていると
すぐ飽きがくるから、
ときどきは自炊もする。
デパートの食料品は高いといっても、
年寄りは食も細いから、
そう金はかからないだろう。
というわけで、
デパートの隣に家を買おうといって、
私たちは本当に、渋谷の西武デパートから
55メートルしか離れていないところのマンションを買った。
それも二部屋買って、一部屋貸せば、
もう一部屋で暮して行けるだけの収入があるようにしておいた。
『これで安心して年がとれるよ』などといってみても、
私たちはまだ40代だから
自分でつくった老人ホームに入るにはまだ早すぎる。
家の機能は年代によっても違うのである。」
(『金とヒマの研究』昭和47年)
この文章を読んだとき、
ここには年をとった人間の
心の奥底に潜んでいる願望が
描かれていると思いました。
この文章が、時をへて
私の脳裏に浮かんできたのです。
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