第716回
わかりのいい年寄りになりたいものです
前回のコラムのなかで、邱さんが
「株は知能的なゲームであるため、
わかりがよいかどうかが問題で、
年齢とはあまり関係がない。」
とおっしゃっていることを紹介しました。
ここで人間観察の一つの指標として
「わかり」という言葉が使われていることに
興味がひかれます。
そこで「わかり」という言葉を辞書でひくと、
「物事がわかること。分別。了解。」とあり、
「わかりのいい人」とか
「わかりの早い子供」だとかいうように
用いられると説明されています。
また「わかりのいい人」の反対が
「わからずや」ですが、
この言葉の意味を調べると
「物事の道理をわきまえない人、
また頑固で、柔軟性がない人」
という説明が出てきます。
ここまでくると、邱さんが
ふだんおっしゃっていることと
つながりが出てきます。
というのも邱さんが
これはどうしても避けたい
と思っていらっしゃることの一つが
「頭の固い年寄り」だからですね。
『死ぬまで現役』のなかでも邱さんは
「『柔軟な頭脳』と
『計画を実行に移せるだけの実行力と信用』を
身につけたいものだ」と書いています。
そういう意味から、
「わかりのいい人」であることが
「死ぬまで現役」に近づく必要条件のようです。
せいぜい修行して、
「わかりのいい年寄り」と思われるように
心がけたいものです。
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