第698回
「友人を持つなら道を同じくする人がいい」
私のセミナーに集われる人たちは、
セミナーの枠を超えて
交流するようになっていて、
聞けば初対面であっても、
会ったとたんに、
旧知の間柄のように感じるとのことで、
不思議だなあ、面白いなあと思っていましたが
邱さんの『生き方の原則』に書かれている
次の文章が、そのわけを
解説してくれているように思えます。
「友だちといってもいろいろあります。
仕事の上では全然無関係でも、
昔からのつきあいで何を頼んでもやってくれる、
もしくはこっちもやってあげよう
という気持ちになる友だちもあれば、
本当に有能で役に立つ友だちもいます。
けれども総じていえば、
道を同じくしているほうが、
ほんとうの友だちといえるでしょう。」
(『生き方の原則』)
「『道を同じくせざる者を友とするなかれ』
と孔子も言っていますが、
まさにそのとおりだと思います。
それは、同じ分野の道を歩んでいるという意味ではなく、
ものの見方や考え方、そして志が
同じ方向を向いているということです。
そういう友だちは、
だいたい収入もほぼ同じで、
社会的地位も同じようなランクにいること、
もしくは趣味が同じであること、
そして“ウマが合う”という要件が
満たされていることが多いのです。
ウマが合うというのは、
馬に乗っていても
同じ歩調で行けるということです。
そういう人でないと、
ほんとうの友だちというわけにはいきません。
だから友だちは、
自分の年齢や社会的地位とともに
変わっていくと考えるべきでしょう。
“刎頚の友”といいますが、
それはほんとうに気が合うということであって、
知り合った時間の長さとは関係ないと思います」
(同上)
この文章を読んで、
セミナーに参加いただく人たちが、
初対面ながら、少し言葉をかわすことで
まるで旧知の間柄のように感じるわけが
理解できたように思いました。
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