第554回
「身についたことは次の新しい栄養になります」
平成6年に出版された邱さんの著作に、
『香港発娘への手紙』という本があります。
この作品の執筆にかかられたときの邱さんは
68歳ごろで、
「人生最後の10年を前にして
自分の生き方を決めなければならない瀬戸際に
追い込まれたようなもの」
と当時の心境を述べておられます。
そのとき、邱さんは
ご長女の邱世嬪さんに語りかける形で
次のような文章を書いておられます。
「いつもギリギリの瀬戸際まで追い込まれると
思い切って、もう一度スタートラインに立つのが
パパの一貫した生き方です。
だからといって、
いままでやってきたことが全く役にたたないとか、
過去と一切つながりがなくなるということではありません。
過去に身についたことは失敗したことも含めて、
次の新しい栄養になるものです。
たとえば、もし、パパが24歳の時に
国民政府に叛旗をひるがえさなければ、
48歳になった時に台湾政府から
礼を持って迎えられるようなことにはならなかったと思います。
また17歳の頃にオトナ達の仲間にまじって、
台湾の文芸運動に参加し、
『文芸台湾』に詩を書かせてもらわなかったら、
のちに橋幸夫や三沢あけみの作詞を
やったりすることはなかったと思います
どんなつまらない体験でも必ず役に立つものであり、
また役に立てるようにできるかどうかが
プラスの行き方になるか、
マイナスの生き方になるかの分かれ目になるものです。」
(『香港発娘への手紙』)
私はこの文章を読んだ時、
「過去に身についたことは失敗したことも含めて、
次の新しい栄養になるものです」とか
「どんなつまらない体験でも必ず役に立つ」
という言葉が印象に残りました。
私は長男の嫁が困惑するだろうことを承知の上で
「エッセイを書きませんか」
と打診したのは、
こういう邱さんの知恵を借用してのことだったのです。
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