第256回
「お金はいらないが事業欲はもやしたい」
『みんな年をとる』には年をとっても
仕事をする人の考えが詳しく書かれています。
高齢化が進む時代の先端を走る生き方として
参考になるところがあるように思います。
「お金は孜孜として積み上げても、
湯水のごとく散じても死んでしまえば、
皆、消えてなくなる。
若い時なら、お金を使うあてはいくらでもあるし、
元手にするお金があればやりたい事業もたくさんある。
しかし、年をとると、お金はいくらあっても
だんだん役に立たなくなってくる。
たとえば、私がいまから何千億円の財産を築いたとしても、
人間の能力の限度を示す記録はつくれるかも知れないが、
死んでしまえば、そのお金は私のものでなくなる。
どうせなくなるものなら、
そもそもはじめから築くことはないし
どうしても能力の限界に挑戦しないと気がすまないのなら、
自分のお金でなくともかまわない。
事業さえ大きくすればいいのだから
お金が自分のものでなくとも、
もしくは、事業の成功によって得た果実が
自分のものでないとしても、
少しもさしつかえないのである。
事業をやる人の中には、最初から
他人のお金を利用して成功した人もある。
また私のようにほとんど自分のお金で
つつましくやってきた人もある。
私は文章書きとして著名になってから
事業の手を染めるようになったので
『あなたほど名を知られた人なら、
人のお金を集めて仕事をすればいいじゃないですか?』
と盛んに言われた。
しかし私の名前を利用したり、
盲信したりする人が多いために、
ちょっとでもトラブルが起ると、
尻を私のところに持ち込まれることが多かった。
おそれをなして私はほとんどの事業を
自分の資金でやってきた。
おかげで儲けても損をしても、
いちいち釈明してまわらないですんでいるが、
その代わり自己資金にはおのずから限界があるから、
株式市場からお金を集めて事業をやっている人に比べると、
みっともないくらい小さなスケールにとどまっている。
それはそれでいいじゃないか、
他人に迷惑をかけないですんでいるし
個人財産だって収入だって
そう見劣りしているわけじゃないんだから
と私は自分に言い聞かせてきた。
こうなったら、金銭欲とはおさらばをして
事業欲だけを燃やし続けるほかない」
(『みんな年をとる』)
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