第248回
「夜更かしをしない」
邱さんは作家です。
文章を書くことを職業にしている人というと
人が寝静まってから書くといったイメージがあります。
たしか三島由紀夫さんなども執筆の時間は
夜が中心だったのではなかったでしょうか。
さて邱さんはどうでしょう。
『死ぬまで現役』で邱さんは
自分は「夜更かしをしない」と書いています。
「夜更かしはほとんどしたことがない。
30何年間、文筆生活をしているが、
朝まで仕事をしたのは一回しかない。
今でも覚えているが、たまたま林房雄さんに誘われて
銀座のバーまわりを2時過ぎまでやった。
そんなに遅くまで酒場にいたことはないのだが
家へたどりつくと『文学界』誌から私の書いた匿名原稿に
芥川賞、直木賞委員を揶揄したところがあり、
文芸春秋社としてはどうにも都合が悪いので、
明日の締め切りまでに
なんとかなおしてもらえないかと速達が届いていた。
明日といえば、あと5、6時間しかない。
やむを得ず、その場で原稿をなおしはじめたら、
夜があけてしまった。
後にも先にも夜更かしはそれ一回だけで、
あとは時差で寝つかれなかったり、
早く目がさめたりするくらいのものである。
というのも、一晩通しで原稿を書くと、
次の日は頭がボーっとして
何もできなくなり、結局、夜寝て、
朝起きて仕事をやるのと同じ結果になってしまうからである。
物書きには朝型の人と、夜型の人の違いがあるが、
夜型の人は夜になると目が冴えて
仕事が冴えて仕事がはかどるようだが、
昼間はうつらうつらしているから、
別に人一倍、仕事をしているわけではない。
それに私の扱っている分野は、
川上宗薫や宇能鴻一郎などと違って、
夜の思想ではないから、
夜書いて昼読みかえしてみると
どうもしっくりこない。
しぜん昼間、書くようになってしまったが、
朝から書き続けると夕方にはヘトヘトになってしまう。
しぜん、夜は仕事をしないようになってしまう。」
(『死ぬまで現役』)
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