第223回
「この商売に失敗した時どんな立場に立たされるか」
邱さんが、昭和57年に出版した『固定観念を脱する法』
という本に「新しく商売をする人に」と題したエッセイが
収録されています。
このエッセイの中で、邱さんは儲かった場合のことではなく
「儲からなかった場合にどういう立場になるか」
を先に考えるようにと、アドバイスしています。
「新しく商売を始めようとする人は、
動機はさまざまでも、皆、それぞれに夢を持っている。
これくらいの資本を投じて、
こういう店を開けば、これくらいの売上高があり、
利益はこれくらい上がるだろうと、
自分なりの計算をしている。
万事、計算通りに物事が運んだら、
その人はきわめてすぐれた商才の持ち主と言ってよいだろう。
ところが、『とらぬ狸の皮算用』は、
選挙の時の票読みみたいなもので、
候補者の予想票数を合わせると、
有権者の数の何倍にもなってしまう。
それと同じように、少数のベテランを除けば、
利益の計算には必ず読み違いが起こる。
無理算段してギリギリ一杯の資金ぐりでやっているところは、
たちまち破綻してしまうのである。
だから、商売を始める時は、
いくら金が儲かるかという計算をしてみるのも必要であるが、
なによりもまず、万一、自分がこの商売に失敗した時に、
どんな立場に立たされるか、を真っ先に計算することである。
たとえば、定年退職になった人が、
3、40年も働いて手にした血と汗の結晶で、商売をやったとして、
その全部を失ってしまうことだって現実にありうることだし、
全財産を失ってしまうことも大いにありうることなのである。
退職金で店舗を買い、仕入れた商品の資金ぐりは、
一時、銀行からの借金でまかなっている
といったやり方ならまだよいが、店舗を保証金で借り、
造作や運転資金を借入金に頼るような経営は、
よほどなれた人でなければ危い。
私は原則として退職金をもとにして
商売をやることには反対である。
会社の中で、資金ぐりをやってきた人でも、
自分の資金繰りをやるとなると、
話はまた別であって、
人に雇われて長くお仕着せでやってきた人間が、
退職金をもらった途端に、
商売の天才に早変わりするとは到底思えないからである。」
(「新しく商売をする人に」『固定観念を脱する法』に収録)
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