第182回
「どこの土地に言ってもよそ者でないと成功できない」
香港の人たちが自分たちのの身内が
共産党の時代になってから受けた仕打ちや
文化大革命のときに強いられた犠牲が
頭に焼きついているという前回の話の続きです。
「だから自分の目と体験にとらわれて、
一寸先が見えなくなってしまう。
あと10年もすれば共産主義がどう変わるか、
今の北京を支配している人物がすべて壇上から消えて、
新しい考え方をもった新しい人物があらわれる筈だとか、
いくら私が説得しても、『そんな甘い考え方でどうする』
『あなたは日本に住んでいるから
そんなのんきなことが言えるのだ』と全く耳を貸そうとしない。
『魚には水が見えない』という諺があるが、
あまり密着しすぎると却って目の前のことが
わからなくなってしまうのである。
特に商売をやる時は、勝手知ったところでやると
何でもよくわかっていそうなものだが、
実際にやってみると、先入観にわざわいされて、
却って動きがとれなくなってしまうことが多いのである。
現に私がいくら説得しても、女房の親戚たちは
逃げ支度に吾を忘れていたし、
私のように長く香港を離れて第三者の目で香港を見る者は、
97年以後、香港の果たす役割が手に取るように見えるので、
出て行く人と入れかわりに香港に入ることを少しも怖れなかった。
入ると言っても、それは人間が移ってくるだけではない。
なけなしのお金をはたいて、不動産も買い、株も買う。
新しい事業にも手を出す。だから、もし読み違いをしたら、
いい年をして、結構ひどい目にあわされることもあり得るのである。
そうならないためには若い時のような軽挙妄動は許されないが、
にもかかわらず私がさしてこわがらなかったのは
かねてから私の信奉している法則があったからである。
それは『どこの土地に言ってもよそ者でないと成功できない』
と言うことである。
この法則に従えば、私の方に分がある筈だったのである」
(『旅は電卓と二人連れ』平成6年出版)
|