第176回
台湾、韓国のあとは中国大陸の番だと邱さんは見ていました
邱さんが中国で事業を展開するようになってから
10年を超える年月がたちました。
時代の先端を走るような事業に取り組み、
緊張感に満ちた生活を送ることに
生き甲斐を感じるという邱さんの評価尺度は
普通の事業家の判断の物差しとは
ちょっと違うところがあるかもしれませんが、
10年たって邱さんがどんな感想をもたれているかは
とても興味をそそられるテーマです。
昨年のことですが、ウォーカーチャイナ8月号が
私がいま持っているのと同じ興味と関心から
邱さんにインタビューしていますので
そのときの邱さんの談話を転載させていただきます。
まず「中国の急速な発展の歴史をどのように捉えてるか」
という質問に対する邱さんの回答です。
「アヘン戦争以後の中国の近代史は中国人にとって
屈辱の歴史でしたが、10年ちょっと前に
中国はこれから新しい段階に入るだろう、
新しいアジアの歴史が始まるだろうと
肌で感ずるものがありました。
そういう予測をし、あちこちの会社に
私の意見も発表しましたが、
あまり賛成してもらえませんでした。
でも10年経ってみるとご覧の通りで、
今では私に反対した人達まで、
中国が『世界の工場』になったという話をしています。
工業化に成功する条件は
(1)上質で安価な労働力を豊富に持っていること、
(2)その国の通貨が国際的に弱いこと、の二つです。
同じ条件を持った日本が一足先に成功して豊かになりましたが、
台湾と韓国がそれに続き、
次は中国大陸の番だと私は見ていました。
ただ、共産主義体制の下では
生産性が思うように上がらなかったので、
それよりは先に金持ちになる人が現れてもいいから、
みんなで金持ちになる方向に行こうと小平が改めました。
まず自由市場と四つの経済特区で実験をし、
それが間違っていないことがわかると、
全国的スケールで進めるようになりました。
新しい軌道が引かれると私は見たのです。」
(「ウォーカーチャイナ」2002年8月号)
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