第155回
独立するなら40歳までというのが邱さんのお勧めです
私が自分の人生プランめいたものを紙に書きこんだ
35、6歳ころは、私が邱さんの作品を
読むようになったときでもありますが、
その頃、邱さんが雑誌に書いた文章を読んだら
「独立するなら、40歳がラスト・チャンス。
そういう選択をしない人は定年まで宮仕えするのがいい」
という趣旨のことが書かれていました。
最近のこと、渡部昇一さんが書いた『人の上に立つ人になれ』
という本を読んでいると、
この邱さんのアドバイスを支持する意見を
開陳されている文章に出会いました。
「最近ちょっと気になっているのは、
リストラが騒がれているせいか、
定年前に会社を辞めて
新しい商売をやるというような風潮があることだ。
その傾向は40歳をこえたあたりから起こるらしく、
レコード会社の営業マンが
定年5年前に会社を辞めて
全く畑違いの焼き鳥屋をやっているとかいった話が、
時々雑誌に登場したりしている。
転身して成功した人は確かにいるだろうし、
そのこと自体は勇気ある行動だと思う。
けれども、すべからくうまくいくかというと、
そんなことはなく、逆に非常に難しいことなのではないかと思う。
これは、作家で金儲けの神様ともいわれる経済評論家の
邱永漢さんもいっていたとおもうが、
本来、40歳以降は、新しい仕事ははじめないほうがいい。
もちろん伊能忠敬のような例外もなくはない。
彼は潰れかけた家を再興し、50歳を過ぎてから、
やりたくてたまらなかった日本地図の作成を始めて
成功させるのだから、これは例外中の例外といえる。
しかし一般的には、40歳を過ぎれば
気力も体力も落ちてくるから、
新しい仕事で苦労するのには若干無理が生じる。
だから本当ならやめたほうがいいのである。
ここが思案のしどころなのだ。
サラリーマンなら、それまでやってきた仕事の範囲内、
あるいは似たような仕事の中で転職し、
給料が下がってもやっていくというのが
おそらく正道なのだろう。
もちろん独立して新しい事業を起こすための人脈を
あらかじめきちんとつくって実践していくというのなら
独立もいいだろう。
また40歳あたりから再び勉強して、
司法試験に通るというようなこともあるかもしれない。
けれどもやはり、それまで何十年とやってきた
仕事の蓄積というのは大きい。
みな、それぞれの分野で
それ相応の仕事の蓄積を持っていると思う。
だから本来は、定年後の仕事もこの延長線上で考えたほうが
スムーズに運ぶし、失敗も少ないのだ。
いくらリストラされるのが嫌だといっても、
またサラリーマン時代が不遇だといっても、
全く違う職業へポンと換わってしまうのは
非常に危険なことだと思う。
このようなわけで、一般論としては、
やはり邱永漢さんのいうことが正しいと思う。」
(渡部昇一『人の上に立つ人になれ』三笠書房。平成12年)
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