第110回
サラリーマンにとっては定年が一番の問題です
私が邱永漢事務所を訪ねたとき、
邱さんは日本に滞在されていたようです。
原稿を届けた直後に、秘書室長の井口さんから
わが家に電話をいただき
「邱永漢が戸田さんの本の帯を飾る言葉を書くと
言っています」と伝えてくださいました。
このことを妻から伝え聞いた私が、
天にも昇る心境になったのは言うまでもありません。
私はすぐにお礼を言いに行かねばと、
再び渋谷の宮益坂をかけあがり、
邱さんの事務所を訪ねました。
私が再び訪れたその日にはたまたま、
邱さんが事務所におられました。
井口さんが
「いま邱永漢は来客中ですが、お久しぶりですから、
しばらくお待ちいただいて、ご面談されたらいかがでしょう」
と言ってくださいました。
超多忙な邱さんに、アポイントなしで会えるなんて
こんな幸運なことはありません。
しばらくして、応接室に通され、
邱さんにお会いさせていただくことになりました。
邱さんが部屋に入ってこられました。
私は思わず直立不動の体制になって
「先生、このたびは、厄介なお願いをしまして、
まことに申し訳ございません」
と、深々と頭を下げました。
私は邱さんが帯を飾る言葉を添えてくださることに
お礼をいいましたが、それにとどまるものではありません。
「先生、お蔭で、北京のマンションもノキア
(フィンランドの携帯電話会社)の人に使っていただいています。
それに上海の株も上がりにあがって、
賭けたお金の5倍になりました」
「ええ、中国の株も買っておられたんですか?」
「はい、中国の株も買っています。値を下げたところで、
ナンピンをかけ続けましたので、このところの値上がりで、
ビックリするほどあがりました」
実は中国の株は買ったあとずっと長く
下落傾向が続いていたのですが、ちょうどこの頃、
急速に上がりだし、株価が下がった頃に
ナンピン買いをしていたのが効いて、
株は買った値段の5倍近くなっていたのです。
「ところで先生、今度書いたのは定年をテーマにした本です。
先生の文章をたくさん引用させていただいていますが、
ご了承いただくようお願いします。
先生、やっぱりサラリーマンにとっては定年の問題に
どう対処するかが一番の問題です」
「うん。サラリーマンにとってはそうだね」
「出版は決まったのですか?」
「はい、決まりました。出版社は9月か、10月に出版すると
言ってくださっています。
先生から帯を飾る言葉をいただけるのなら
7月にも出すとおっしゃっています。
ただ本の正式な名前をどうするかは
まだ決まっていないんですが」
と話が続きました。
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