第68回
ビギナーズラックは続きませんでした
私が新規の仕事づくりに頭を痛めた話は前に書きましたが、
その企画の仕事が一段落した昭和63年頃のこと、
久しぶりに製鐵所の図書館を訪れたら、
『プレジデント』誌で是川銀蔵さんと邱永漢さんが
対談がしていることを知りました。
そして二人揃って新日鐵株を推奨していることを知り
ビックリしました。
ご両人が推奨している新日鐵は私が勤めている会社で、
その古い製鐵所の一隅で、私は事業多角化の先兵として
四苦八苦の思いをしています。
おおっぴらに口には出すことは控えていましたが
私は鉄鋼業は斜陽化の道を辿っていると思っていました。
その鉄の株が上がるといわれ、代表銘柄である新日鐵が
推奨銘柄になっているので、不思議な気持ちになりました。
ただ、是川さんと邱さんの二人が口を揃えて
言っていることだから
打っちゃっておくわけにもいかないと思いました。
この二人は鉄鋼会社が設備を縮小した関係もあって、
世界中で鉄不足が起こりそうだと語っていたように思います。
鉄鋼設備の縮小にはかつて関与したことがありますが、
その関係で鉄不足が起こりそうだという情報は
会社の内部にいても伝わってくるようなものではありません。
きっと、是川さんや邱さんたちは
あちこちにアンテナを張りめぐらせていて、
そのアンテナに鉄不足の話が触れたのかなと思いました。
当時、新日鐵株は300円くらいでした。
これなら私でも買える値段です。
一度は株を買ってみたいと思っていましたので、
これは株を買うちょうど良い時期かと思いました。
そこで私は単身赴任者向けの寮の近くにあった証券会社で、
自分が勤めている会社の株を買いました。
350円だったと記憶しています。
私にとっては初めての株購入の体験です。
さて、株を買うと買った直後の株が下がるといわれますが、
この株は買った途端にスルスルと上がって行きました。
ただ、私の頭の中には、鉄は長期的に
衰退傾向に入っているという観念があり
その考えからどうしても抜けられません。
いくら尊敬する両先生のご推奨であっても
自分の考えがそうである以上、
長く持ちつづけようという気持ちにはなれません。
そこで私は400円台に乗ると直ぐに売り、
私はNEC株に乗り換えました。
「産業の主役は鉄から半導体に交代する」と
言われていたからです。
この大局は間違っていなかったのですが、
タイミングが悪かったようです。
買ったNEC株は確か2200円くらいしていましたが、
スルスルと値を下げて行きました。
初心者がすぐに幸運に恵まれるのを
ビギナーズラックといいますが
私が新日鐵株で得た幸運は
すぐ泡のように消えていってしまいました。
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