第67回
私は長い間、株を買えませんでした
私はかなり長い間株が買えませんでした。
自分の自由になるお金に恵まれなかったからです。
邱さんが株について書いてある本を読むと必ず、
株は自分の自由になるお金で買いましょうと書いてあります。
不動産は借金して買ってもいいとかかれていたので、
わずかな頭金に借金を組み入れて
いくつかマンションを買ってきました。
そのことも多少関係しているかもしれませんが
自由になるお金になかなかありつけませんでした。
そのため、株を買いたくても買えなかったのです。
株は買えなくても、株に興味を持っていましたから、
邱さんの株式投資の体験の話はよく読みましたし
『インフレに相乗りする法』という本で
邱さんが「80歳になっても先を読む」というエッセイを読み、
「産業界の先行きを見て、先へ先へと相場の先頭を走っている。
その姿勢に敬服する」と書かれている人とは
どういう人物だろうかと興味が持ちました。
この「80歳になっても先を読む」人が
株式投資一本で所得番付で一番になり、
最後の相場師と呼ばれた是川銀蔵さんだと知ったのは
それからしばらくしてからのことです。
是川銀蔵さんの話が雑誌に出ると「どういう人なんだろう」と
興味を持ってその談話に耳を傾けました。
そして是川さんと邱さんが週刊誌で対談することを知るや
私は本屋に走っていって、この対談記事を立ち読みました。
この二人の対談を掲載したらよく売れたのでしょうね。
その後もしばしば対談することがありましたが、
是川さんと邱さんの二人は、生きてきた環境も経歴も職業も
違いますが、共に自分の才覚一つで人生を切り開いているところに
共通性があり、二人の対談は経済の先をどう読み、
どういう銘柄に狙いを定めていくかが率直に語られていて、
株を買ったことない人間が読んでも興味尽きないものでした。
さてその是川さんも雑誌で自分の投資原則を披瀝することがあり、
早速読みましましたが、
是川さんが株式投資の原則の第一に挙げているにはやっぱり
「株は自分の自由になるお金で買うように 」ということでした。
是川さんは後に「自伝 波乱を生きる」(講談社)という自著を
出版しましたが、「大衆投資家に対する警告」として
「自分の持てる資金の範囲内で投資すること。
信用取引には絶対に手を出してはいけない」と書いています。
邱さんも是川さんも
口を揃えてイの一番に同じこと言っているということは、
借金したお金で株を買い、
不幸に遭遇する人が結構多いと言うことでしょう。
とにかく、私は自由になるお金がなかったし、
しかも尊敬するセンセイがお金がないときは
株を買うなと言われましたので、
長く株を買うことがありませんでした。
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