Qさんは、かつて「知恵は借り物でも知恵である」と書きました
そういうことをおっしゃる人の知恵ならいくら借りてもモンクは出ませんね

第62回
邱さん曰く「お金儲けの達人は皆せっかち」

話題にのぼっている大和ハウスの石橋さんは終戦後、
シベリアに抑留され、
帰国してから鉄骨系のプレハブ住宅をはやらせ、
一代で大和ハウスを創業した人です。

そういう人にどうやって接触するか。
面談は意外に早くやってきました。
私が面談した同社の田中常務さんは
ソフトムードの人で
笑みをたたえながら、私に
「石橋会長に今日、新日鐵の部長さんが
お見えになると話したところ、自分も会ってみたい
と言っております。お会いになられますか?」
と打診されました。

予定原稿にはない動きになりましたが、
私は咄嗟に「お会いさせてください」と
頭を下げました。
早速、石橋さんが応接室に入ってこられ、
「お願いの趣旨はどういうことですか」と
切り出されました。
「はなはだ虫の良い話ですが、ホテルを建てていただいて、
経営もしていただきたいのです」と
お願いしました。
「それでは土地は私の方に売られるんですか」
「いやあ。由緒のある土地なもので、社内でも意見が
真っ二つに割れています」
「そうですか」
しばらく応答が続いて、1、2分も立つか立たないうちに
石橋さんは「株主総会が終わったらすぐ現地を伺いましょう」
と話されました。

邱さんはしばしば「お金儲けのうまい人は皆せっかちだ」
書いていますが、本当にその通りですね。
石橋さんは、約束された通り、私が訪問した一週間後に
現地に来てくれました。
私はずっと道案内をしましたが、視察が終わった後、
八幡製鐵所の迎賓館に向かう車中で石橋さんは
「鉄の町はどこもかしこも死んだ街のようになっている。
岡山の水島からもなんとかしてくれないか
という話が来ているんだ」とつぶやかれました。

八幡の街の中を通って、迎賓館に入り、
視察の慰労会をおこないました。
石橋さんは製鐵所の幹部との話はそこそこにして、
配下の人を呼び寄せられ、あれやこれやを指示されました。     
石橋さん御一行を新幹線の小倉駅で見送った後、
案内をつとめた製鉄所の部長たちの間で、
「あの時石橋さんが部下の人にどういうことを
話されたのだろうか」の一点に話が集中しました。

私は「石橋会長は大和ハウスの手でホテルを建てるという前提で、
留意点の話をされたのではないですか」と言いました。
私の推定がそう間違っていなかったことが明らかになるのに
さして時間がかかりませんでした。


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2002年10月28日(月)

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