| 第53回邱さんがとらえるビジネストレンドは奥が深く、息も長い
 新日鐵として福岡県北九州市で終身介護制の老人施設を開設することを決めた頃のことです。
 老人施設を運営していく会社の社長が決まりました。
 コンピュータのソフト・ハウスに出向していた
 川上勝さんという実直な人が呼び戻され、
 老人施設の建設とできた後の運営が託されました。
 この仕事の火をつけたのは私でしたから関連会社の支店長をしていた西村さんと
 この仕事をずっと私と一緒にやってきた渋谷さんと一緒に
 私は社長に任命された川上さんの激励会を開きました。
 川上さんは以前から存じ上げている人でしたがこのときは始終、首をうな垂れ、
 「何でいまさらこんなわけのわからない
 仕事をしなくちゃいけないのだろうか」という顔つきでした。
 企画した私に確たる自信があったわけでもありませんから
 突然呼び出しを受けた川上さんが憂鬱な顔をしているのも
 むべなるかなと思いましたが、この時の川上さんの
 頼りなげな表情は今も私の脳裏に焼きついています。
 ただ、実際に入居者の募集活動を始めると予想を越えた入居者に恵まれ、
 川上さんの表情は日増しに明るさ増して行くようでした。
 それから数年たち、私自身東京の本社に戻ることになりますが川上さんから
 「おかげで楽しい経験をさせてもらいました」という
 退任の葉書をいただき、以来交流は途絶えました。
 それから数年の年月がたったある日のことです。倒産した老人施設の話がNHKのテレビで放映されるというので
 かつて自分もタッチした分野のことと思ってボタンを押して
 ビックリしました。ほかならぬ川上さんが画像に登場したのです。
 岡山県にある民間経営のシルバー・マンションが倒産し、
 転居を迫られながら、行く先を見つけられずに困っている
 入居者の人達の姿を追った番組でした。
 その番組に入居者たちの苦情の聞き役として、
 公的な機関の人が二人登場し、うちの一人が川上さんだったのです。
 川上さんは社長退任後も、それまでの経験を活かし老人介護に関連した
 仕事をやっておられるんだなと察しがつきました。
 そして私の企画が川上さんの後半の人生を決めることになったんだと
 感慨深いものを感じました。
 もともと終身介護制の老人施設をつくる話は私が邱さんから「現代日本を流れているのは老齢化、成熟化、国際化の流れです」
 と教えられたことに端を発しています。
 それからかなりの年数がたったところで、私は縁ある人の姿を
 テレビの画像で見つけることになり
 「邱さんがとらえたビジネストレンドは奥が深くて息が長い」
 と感じ入ったことでした。
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