Qさんは、かつて「知恵は借り物でも知恵である」と書きました
そういうことをおっしゃる人の知恵ならいくら借りてもモンクは出ませんね

第52回
世の中の人たちは私の予測を超えて反応しました

私は終身介護制のマンション事業をやろうと決めたとき
「うまくいかない場合もありうるが、人のせいにせず、
この企画を立てたのは誰かと問われたら、『私です』と
自分から手を挙げしよう。
どんな責任の取り方をしたらいいのかわからないけれども、
少なくとも逃げ隠れするようなことはしないようにしよう」と
自分に言い聞かせました
そこまでつき止めて決めたのは、はじめての体験で、
逆に言えばそれまでは、決断らしい決断をしてこなかった
のじゃないかと反省させられることでもあります。

さて、そう考えて、一番先に解決しなければいけないのは
本社の審査をパスさせることです。
私はパートナーになってくれていた地元銀行2行の人にお願いして
「お宅のお客さんの中から高額預金者とか資産家を選んでいただき
そういう人たちがこの事業プランをどう見るか
打診していただけませんか」とお願いしました。
銀行の人たちは快く私の願いを聞き入れてくれ、
リサーチすることを約束してくれました。
私の構想の具体化を手伝ってやろうと考えたのか
出てきたリサーチ結果は私のプランを支持する性質のものでした。

その結果、本社の役員会で北九州市で終身介護制のサービス事業を
展開することが承認されました。
開設に向けての作業は関連会社の北九州支店の手で行われることになり、
私と構想の具体化に当たってきた渋谷さんはその関連会社に転出し、
引き続いて実施に向けての作業に取り組むことになりました。

一方、私は官営八幡製鐵所以来、「本事務所」と呼ばれていた建物を
解体したあとの活用法を研究することになり、またその1年後には、
八幡製鐵所の工場跡地に開設されることになった
宇宙をテーマにしたパークの運営会社に移って、
パークのPRに当ることになりました。

私が終身介護制の老人施設がいよいよ建設工事にかかることになり、
これと機を一にして入居者の募集活動を始めると聞いたのは、
テーマパークの地元での最初の記者発表を直後に控えたときのことでした。
「うまくいってくれるといいがなあ」と心配していた私のところに、
思わぬニュースが飛び込んできました。
結構な大勢の人が募集に応じてくれているというのです。
「大阪や京都方面から入居を希望する人も現れてるんですよ」
「ええ、ホントウ」
私の返事も思わず弾みました。
世の中の人たちが私などが頭の中で考えた予想をはるかに
上回るかたちで反応してくれたのです。


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2002年10月18日(金)

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