第38回
人の集まらない所で金を集める仕事を企画することになりました。
邱さんの第2回目の全集の一冊に『人の集まるところに金が集まる』
(日本経済新聞社。昭和59年)という本があります。
初対面の人に「私は邱永漢さんの愛読者です」というと
「『人の集まるところに金が集まる』という本を出されている人ですね」と
いう返事が帰り、互いにうちとけた気分になったことがあります。
この本が出版されてから2年くらいたった昭和60年の11月、
私は、北九州市にある八幡製鐵所に異動して、新規事業を
企画する仕事に従事することになりました。
それまで製鉄メーカーの本業から少し離れた建築事業部門で、
赤字状態が続いていた部門の再建に取組みましたが、
その結果を見る前に、九州方面から呼び出しがかかってきたわけです。
鉄事業にかげりが射してきていることはよく承知していました。
早速に、製鉄所の総務部長に電話を入れると、
「遊んでいる土地がいっぱいできていて、
固定資産税の支払だけでも大変なんだ。
遊んでいる土地を活かして新しい事業の企画を立てて欲しい」
という返事が帰ってきました。
一瞬、これは面白いぞ、と思いました。
しかし、何年ぶりかで八幡を訪れてみて、
夢はまたたく間にしぼんでしまいました。
八幡の商店街が一段とさびれているだけにとどまらず、
以前しょっちゅう出かけていた小倉の飲食店街も、
その衰退ぶりが手に取るようにわかります。
小倉の飲食店街を見た足で、
小倉城の近くにある市の図書館に駆け込み、
北九州市の統計集を繰りました。
どの数字も、街が激しく衰微している様子を伝えるものでした。
私は北九州市に赴任する際、冒頭に紹介した
『人の集まる所に金が集まる』という本を持参していました。
この本で邱さんは
「商売は人の集まるところに集まり、人が多いほどチャンスが多く、
人が少ないほどチャンスが少ない」、
「だから商売に成功する第一歩は人の集まるところに集まれということだ」と書いています。
ところが生憎と私が赴任することになった場所は
「人がいなくなって商売もさびれ、益々人がいなくなっている」所です。
邱さんは新しい仕事の開拓に取組んできた人だし、
それらの体験をもとに書かれた本を私はたくさん読んでいましたが、
ここじゃあ、せっかく教わったことも役に立つまいなと私は思いました。
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