第305回 (旧暦12月24日)
御神木の御利益
昨日、知り合いのご婦人が1枚の木の葉を持って
仙人の家を訪ねてきました。
聞けば、鶴岡八幡宮へ初詣へ行った折、
参道の脇で珍しい木を見つけ、その葉っぱを1枚持ち帰ったので、
何の木か教えてほしいと言うのです。
受け取って仙人が見ると、それはナギ(梛)という
マキ科の常緑高木の葉っぱでした。
ナギは、伊豆七島(式根島)を除くと、
紀伊半島以西に分布する暖帯から亜熱帯系の植物で、
関東地方ではほとんど目にすることはありませんから、
彼女が珍しがったのも無理なことではありません。
しかし、この木は熊野神社(和歌山県)の御神木とされていて、
11世紀初頭に隆盛した熊野信仰の影響で
各地の神社に広く植栽されることになったため、
鎌倉の鶴岡八幡宮に植わっていて
も決してフシギなことではないのです。
また、気候的には、どうやら
関東地方南部あたりまでは大丈夫そうですから、
未確認ではあるものの、明治神宮あたりでも
見られるのではないかと思われます。
ただし、柳田國男の『遠野物語拾遺』に登場する
六角牛山(岩手県)の「梛」というのは、
当地で「ナギノキ」と呼ばれるシロバナシャクナゲのことで、
本種とは別のものですから、念のため……
さて、このナギは、葉が長さ4〜6cm、
幅1.5〜2.5cmある楕円状披針形をしているため、
しばしば広葉樹と間違えられますが、れっきとした針葉樹で、
種子には約30%の油が含まれていて、
古くはこれを搾って神社の灯明に用いたり、
その煤(すす)を墨の原料とした歴史があります。
それと、ナギの葉というのは、
縦に強靭な平行脈がたくさんあって、
手でちぎったり裂いたりすることが容易でないのにちなみ、
オクユカシキ時代の女性たちは、鏡の裏にこの葉を忍ばせ、
愛しい人との縁が切れたり
避けたりしないことを願ったものだと聞きますから、
心あたりのある人は、
その御利益にすがってみてはどうでしょうか。
なお、奈良の春日大社には10ヘクタールにおよぶ
樹齢1000年を超えるナギの純林があり、
国の天然記念物にも指定されていますので
近くに行く機会があれば、話のタネにでも
ひと目覗いておくとヨロシイ。
|
ナギの葉 |
|