第289回 (旧暦11月25日)
「薬」という字は「楽にしてくれる草」の意味です
昨日は漢方薬の話を書きましたから、今日はそのつづきとして、
漢方薬の原料である「生薬(しょうやく)」の話を
しておくことにしましょう。
チンパンジーやゴリラ、オランウータンなどの高等猿類は
体の調子がおかしいとき、ある特定の植物を口にして
体調をととのえることが確認されています。
おそらく、これが「クスリ」の原点であり、
われわれ人類もこのような過程を経て
いろいろなクスリを手に入れてきたのに違いありません。
歴史上確認できるもっとも古いクスリの記録は、
古代メソポタミアの遺跡から出土した粘土板に残された
紀元前1700年ころのもので、
ここには植物性、動物性、鉱物性を合わせ
約700種類のクスリが記されていますが、
文明圏、非文明圏を問わず、地球上に誕生したあらゆる民族が、
それぞれの生活風土の中からさまざまな「クスリ」を発見し、
利用していたことはいうまでもないでしょう。
ただ、洋の東西を問わず、18世紀の末ごろまでは、
いずれの国家・民族も、自然から得た植物・動物・鉱物を
そのままクスリとして用いており、
これらから有効成分だけを抽出して
今日的な合成薬品が作られるようになったのは
19世紀に入ってからのことでした。
日本でも、19世紀の末ごろまでは、
クスリといえば草根木皮をはじめとする自然薬に限られており、
これら自然に産するクスリのことを
「生薬(しょうやく)」と呼んでいたのです。
そして、この「生薬」には、
動物性のものも鉱物性のものも含まれてはいるのですが、
植物には「薬草」とか「薬木」とかいった言葉があるのに対し、
動物や鉱物では「薬獣」とか「薬石(治療具としてはあるが)」
といった言葉を伴わないことでも解るように、
そのほとんどは植物で占められています。
これは、植物は光合成によって
無機物から有機物を合成できるのに対し、
自ら有機物を作ることができない動物は、
植物を食べることによってそれを摂取し、
生存のためのエネルギーとして利用しているのですが、
実は、植物が作り出す有機物には、
動物にとって「クスリ」の作用をもたらしてくれる
はたらきがあるからにほかなりません。
そういえば、われわれ漢字民族は、
クスリを「薬」と表記してきましたが、
これは「(苦痛を)楽にしてくれる草」もしくは
「草によって楽になれる」という意味であったことに
あらためて気が付くではありませんか。
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