第256回 (旧暦10月18日)
「終戦前夜」にも似た農園荒らしの多発
今年は、米や栗、梨、ブドウなど農産物の窃盗事件が連日のように
新聞、テレビで報じられ、世相の荒(すさ)みを憶えた人も
少なくなかったのではないでしょうか。
ところが、ちょっと調べてみると、
こうした農作物の盗難事件が多発したのは
今年が初めてのことではありませんでした。
その顕著な前例は昭和19年(1944年)で、
この年の8月には東京都内だけで579件の菜園荒らしが発生し、
警視庁もその犯人摘発に忙殺されていたのです。
昭和19年といえば終戦の前年で、深刻な食糧危機に陥っており、
東京都では、2月になると
全戸に野菜とカボチャの栽培を奨励する通達を出し、
翌月には各学校の運動場を開墾した
「学校農園」での増産化を推進するなど、
食糧の確保に躍起で取り組んでいました。
また、マスコミでも、『週刊毎日』(『サンデー毎日』の前身)が
4月23日号で「食べられるものの色々」という特集記事を組み、
山野の食草とともに
「孫太郎中(ヘビトンボの幼虫)、
ササ虫(カワゲラの幼虫、佃煮にする)、
クロスズメバチの幼虫と蛹(醤油の付焼)、
ゲンゴロウ虫(羽、足、頭をもぎとり、
腹だけ醤油煎りにして煮つける)などの
昆虫類とその食べ方を紹介するなど、
日々の食事に困窮した世相を浮きぼりにした内容の記事に
溢れています。
したがって、この年に多発した菜園荒らしというのは、
各戸が自分の庭にこしらえた家庭菜園が中心で、
その犯人の中には腹をすかせた子供たちの姿も
少なからず含まれていたに違いありません。
これに対して、今年続発した農園荒らしは、
当時のような食糧危機を背景としたものではなく、
おそらく、盗んだ農産物を転売して金を稼ぐ、
という窃盗犯罪の類型です。
しかし、時代背景や目的を異にするとはいえ、
こうした性質の犯罪が多発するということは、
この日本社会の一角に終戦前夜のごとき荒んだ精神が
台頭してきていると言えなくはありません。
もしかすると、「1万円生活」を題材とするテレビ番組が
高い視聴率で見られるということも、
多くの日本人の心の中に終戦前夜にも似た
「漠然とした不安な気持ち」が
巣食い始めているからかもしれないのです。
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