第160回 (旧暦6月18日)
イワナの骨酒
この連載では、われわれの生活に役立つ植物を中心に
紹介していますが、今日はちょっと趣向を変えて
“幻の魚”と呼ばれるイワナの話でもすることにしましょうか。
イワナはサケ科のイワナ属の魚で、
本来はサケと同じように川で生まれ、
海に下って成長すると産卵のために再び川へ上っていたのですが、
氷河期の終わるとともに川の中・下流域の水温が上がって
降海できなくなり、水温の低い川の上流部に陸封された魚です。
つまり、夏でも水温が15度C以下の環境でないと生活できない
冷水型の魚ということですが、
そのため、夏になると水温が上昇する本流からは姿を消し、
水温の低い奥谷へと遡ります。
この魚がしばしば
「幻の魚」「谷の隠者」などと呼ばれているのも、
こうした生態上の特性に負うところが大きいのに違いありません。
そんなわけで、イワナに見せられた釣り師たちは、
夏になると、そのイワナの姿を求めて
源流へ源流へと向かうのですが、
実をいえば、かくいう仙人めも、
かつてはそうしたイワナ釣り師の一人であり、
ほとんど人が近付かない谷を探しては
竿を持って通った経験があります。
したがって、今でも梅雨明け間近の季節になると、
ときどきなんとなくイワナのことが頭に浮んでくるのですナ。
ところが、それは、イワナを追って渓々を渡り歩いた
若き日の回想、といったオセンチなものではなく、
どうやら、その当時、渓の中で味わってきた
「岩魚の骨酒」に対する憧憬が原因であるらしいから、
なんとも始末におえません。
岩魚の骨酒というのは、内臓を取って塩を振ったイワナを
焚火でこんがりと焼き、そのイワナを鉢状の器に入れて
上から熱燗の日本酒をトクトクと注ぎ、
数分待ってイワナのエキスを浸出融和させた酒のことで、
食通として知られたかの吉田健一さんもキコシメシタ逸品。
天然イワナには及ばぬものの、
手に入れやすい養殖イワナでも作れますから、
ムフフ……と感じた人は一度試してみるとヨロシイ。
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幻の魚といわれるようになった天然イワナ |
イワナの骨酒 |
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