第128回 (旧暦5月16日)
鎌倉の山はイワタバコが見ごろです
いま、鎌倉の山ではイワタバコの紅紫色の可憐な花が
切りたった岩壁に咲き乱れています。
イワタバコは、イワタバコ科の多年草で、
葉がタバコの葉に似ているため、
この名で呼ばれるようになったのですが、
湿り気の多い日陰の崖や岩場に生えるところから
岩菜(いわな)とか岩萵苣(いわぢしゃ)などと
呼ぶ地方もあります。
『万葉集』の恋歌に登場する「山萵苣(やまぢさ)」は
本種のことで、古くから葉を食用および薬用として
利用してきた歴史があり、
漢方でも「苦苣苔(くきょたい)」という生薬名で呼び、
健胃・収れんの薬とされてきました。
仙人は、小学生のころから蝶を追っかけていて、
三重県と滋賀県の県境に連なる鈴鹿山系へ
毎週のように足を運んでいた時期がありますが、
その折、鈴鹿の山中で出遭った炭焼きの老人に、
このイワタバコのことを教えられた記憶があります。
「ボウヤ、けがをしたときにナ、
この葉っぱをもんで傷口に塗るとすぐ治るゾ」
そのとき老人が教えてくれた葉が
イワタバコであったことを知ったのは、
それから何年か後になってからのことでしたが、
その日は「山で生活している人たちは
山のなかに生えている植物のことを
何でもよく知っているものなんだなァ……」と、
感心しながら家に帰ったことを今もよく憶えています。
その後、イワタバコの葉が食用になることを知り、
今ごろの季節になると、
毎年おひたし、あえ物、テンプラなどにして楽しんできましたが、
この20年ほど前からでしょうか、
あれだけ群生していた鎌倉のイワタバコも、
知らぬ間に人の手で根ごと持ち去られ、
今では手の届かない岩壁に残るだけになってしまいました。
ちなみに、鎌倉から三浦半島一帯にかけて見られるイワタバコは、
花茎や花柄に細かな毛が生えている
「ケイワタバコ」と呼ぶ品種ですが、
利用するうえでは、食薬とも山地に生える本来のイワタバコと
区別する必要はありません。
また、イワタバコの葉は、陽に干して乾燥させたものを、
手で粗もみして健康茶としても利用できますから、
胃の弱い人や胃潰瘍のケがある人は憶えておくとヨロシイ。
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イワタバコ |
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