第2056回
主治医が“メスを振りかざす”
桜の季節になると、あのガン病棟で悶々としていた
10年前の日々を思い出します。
僕は10年前にしては珍しく、
軽量のノートパソコンを持って入院した患者でしたから、
暇に任せて、メールを打って親友に相談したり、
インターネットの内外のガンサイトを覗いて、
「食道ガンの手術は100中80人は助からないむごい手術だ」
ということを知っていましたから、
幸運にも「放射線+抗ガン剤+天仙液+SOD」の
組み合わせ法で、6センチの腫瘍が消滅するや、
勇を奮って、主治医に「手術拒否」の申し入れをしようと
ドキドキしながら診察の時間を待っていたわけです。
そのときに、病棟で書き下ろした
「母はボケ、俺はガン―二世代倒病顛末記」に綴った、
主治医との対決シーンを再現してみたいと思います。
1999年4月20日・・・それは、
僕が「ガン切らずに延命」して、
こうしてゆったりと過ごしていられる、
きっかけとなったからです。
本当に、人間の運命とは分かりませんね。
また、肝心なときは廻りに任せたり、
自分に気持ちを偽ってはなりません。
僕の闘病記の4月20日の日付け、
「人面癌が消えた!
奇跡の始まりか、終わりなのか」という、
希望と不安の錯綜したタイトルの章の続きです。
*
とうとう、主治医の判定の日がやってきた。
たしかに“奇跡”は起こっていた。
黒縁めがねの主治医が、
目の前に治療前後の二つの
レントゲン写真を並べてみせた。
「ほーら、見事に、きれいに効果が出ていますよ」
なるほど、入院のときに見せられた、
あの糜爛(びらん)した人面癌の
内視鏡写真と比べてみてもどうしたことだろう、
赤鬼のような塊は、わずかな掻き傷を残して、
スッポンと食道壁から消えてしまったではないか。
「この写真を見てください。
かすかに引き攣れたような跡はありますが、
放射線と抗癌剤の効果できれいに消えています。
とにかく目出度いことです。
放射線と抗癌剤の副作用に苦しんだ甲斐がありましたね」
してやったりというふうに、鼻を大きく膨らませた。
患者の心境は複雑だ。きっと、この引っ掻き傷は、
総攻撃を食らってもがいた人面癌のツメ跡に違いない。
腹の底から笑いがクックッと込み上げてきた。
いったい抗癌剤と放射線の西洋医学が勝ったのか、
秘薬生薬の東洋漢方、民間療法が効いたのか、
思わず頬をつねってみた。
腫瘍が半分に縮まれば放射線の驚異的効果ありといわれるが、
これはそれどころの騒ぎではない。
あの巨大な人面癌がスッポンと姿を消してしまったのだ。
間違いなく“秘薬”が奇跡を誘発したに違いない。
とにかく、人面癌は姿を消してしまったのだ。
患者はホッと安堵した。
これで食べ物が喉を落っこちるぞ。
医者は勝ち誇った笑みを浮かべた。
これで手術が出来るぞ。
さて、喜びは束の間だった。
「手術をすべきだ」という医師と、
「いや手術はしたくない」と強情を張る患者の
決着をつけるときが来てしまったのだ。
*
続きはまた明日。
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