第2057回
ガンの患者は悲しい、しかし・・・
桜の季節になると、あのガン病棟で悶々としていた
10年前の日々を思い出す――、
「手術をすべきだ」という医師と、
「いや手術はしたくない」と
強情を張る患者が対決した
1999年4月20日の出来事を、
僕の闘病記「母はボケ、俺はガン―二世代倒病顛末記」――
「人面癌が消えた!
奇跡の始まりか、終わりなのか」という、
希望と不安の錯綜したタイトルの章の紹介の続きです。
*
「手術はお断りします!」――
笑って返そうと用意していた言葉が
正直いってこわばったのである。
開胸、開腹手術の牙城で
患者が「反乱」を企てるわけだから、
己の血圧はグンと上がった。
なぜ、ひるんだのか。
まず、治療前と治療後のレントゲン写真を
しげしげと覗き込んで、
泡を食ってしまったのだ。
たしかにあの人面癌のような腫瘍は
奇跡のようにスパッと消えていたが、
度肝を抜かれたのは入院時の
腫瘍の醜い姿と大きさなのである。
一・五センチ×五センチ以上はある
というからかなりでかい。
ちょっと予想を超えた悪性腫瘍だったのだ。
ソーセージほどの塊が食道壁に取り憑いたのだから、
喉から食べ物が落っこちないのは無理もなかった。
「先生、手術は絶対にやめてくださいね」と
懇願するはずだった妻は、
あまりにすさまじい人面癌の悪相に
言葉を失って黙りこくってしまった。
「これは早期癌ではなく進行癌です。
腫瘍はほとんど消えましたが、
癌らしきものが
厚さ5ミリの食道壁の奥まで達していますし、
心臓の横と気管支の横のリンパに転移しているので、
これは手術以外に治す方法はありませんよ」
主治医は写真を解説しながら、
数日前とはうって変わって外科手術を迫った。
「放射線とか、食餌療法とか、
ほかの治療法はありませんか」
「放射線では癌を
すべて取り除くことはできません」と
主治医は冷ややかに突き返した。
民間療法など答えるに足らず
という素振りで無視をした。
「患部がここまで小さくなったから“斬りどき”です」と
繰り返す主治医の説得に
正直いって心が震えた。
手術しないと末期癌に転がり落ちるかもしれない――
そんな脅迫感に誘われたからだ。
*
いやはや、10年たっていま思えば、
はじめてのガン患者の悩みは深いものである。
専門知識を知らない、いや教えてくれないわけだから、
よほど、友人や妻の支えがなければ、
僕の心はゆれに揺れて、
おそらく、手術を許諾して、
数年後は、後遺症や合併症で、
いまごろはあの世にいっていたと思います。
ほんとうに「いのちの選択」に、
自らの本心を裏切ってはならないわけです。
もう少し、この続きを明日、また書きましょう。
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