第2008回
「自らのいのちとは創作芸術である」(3)
マクロビオティック食哲学の始祖・
桜沢如一さんが46歳のとき、人生半ばにして出版した
詩歌集「わが遺言」の冒頭には、
「偽食」から「正食」へ! を志す人にとって、
とても大切な哲学が書かれている――、
それは、「自らのいのちとは創作芸術である」という、
青春期を歌人として過ごした桜沢如一の、
まさに全世界に向けて放った「遺言」。
難病患者のみなさんのみならず、多くの方たちが
このいのちのキーワードをかみ締めて、
これからはいのちを大事にしていただきたい――
という話の続きです。
さらに桜沢如一の詩歌集「わが遺言」に掲載された
「哀楽歌」と題する作品集の冒頭には
「アカシヤの 並木の金の 散りそめて
わが去るときに なりにけるかも」
という、パリを去るときの歌から始まっていますが、
その一部を抜粋紹介します。
「《自らを嘆く》
正食を学びてよりおよそ十とせをへたり、
然るにいまこしかた、行くすゑを思ひめぐらして、
自ら嘆き沈む・・・・・・
つとめても いまだまたたきも 知らざれば
倦むにあらねど おのれを嘆く
人々に 話し伝へれと われながら
いまだはづるる これの正食
口惜しとも 嘆げかはしとも 思へれど
いささかの罪は やがて忘るる
山中の 賊は破るに 易けれど
こらしめがたし この口(くち)の欲
うしろより 「悔み」は足を とどろかせ
来ると知れど なほふみ迷ふ
自らを 嘆くも固き いましめを
破るも悲し みなこれの口
ありとある 身の禍の 門にして
小さけれども 悲しきは口
しろがねも 黄金も玉も 此れの世も
底なき口に 消ゆる悲しさ
ふたつなき 命のもとを 取り入るる
口を守るに 勇ましくあれ、」
インド、シナイ山、ピレネー、
パリ、ユングフラウ、そしてシベリアと旅し、
世界に正食思想を普及させようと孤軍奮闘していたころを
回想する歌ですが、
「口の戒め」、つまり、過食、暴食、そして偽食に溺れる
食の欲望、食の堕落を、まず自ら戒め、
世界の人々に陰陽のバランスに基づいた
マクロビオティック(偉大なる生命思想)の普及に回る
桜沢如一の人となりが、
しみじみと伝わってくる歌だと思います。
「偽食から正食へ!」
この食の汚染、食の堕落の時代に、
マクロビオティックの始祖・桜沢如一の残した
まさに「遺言」ともいえるキーワード=
「自らのいのちとは創作芸術である」を座右として、
僕たちもゆったりと
いのちの設計を図って行きたいものですね。
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