第65回
湯の中に黒い花が咲く
群馬県の旧六合(くに)村(現・中之条町)には、
6つの温泉地があります。
花敷(はなしき)温泉や尻焼(しりやき)温泉など、
どこも湯治場として親しまれてきた古い温泉地です。
しかし六合村の温泉は昔、
入浴(湯治)が目的ではありませんでした。
この土地に生える菅(すげ)や茅(かや)などを温泉に浸して
やわらかくし、筵(むしろ)を織ったり、
草履(ぞうり)を編むために利用されていました。
湯の中で足で踏むことから「ねど踏み」と呼ばれ、
今でも一部の地区では、
昔ながらの工程で作業が行われています。
ちなみに“ねど”とは、
温泉に草を「寝かせるところ」の意味だそうです。
国道292号沿いの「道の駅 六合」にある
応徳(おうどく)温泉も、そんな古い温泉地の1つです。
開湯は平安中期の応徳年間(1084〜1087)と伝わります。
以前は「六合山荘」という村営の宿でしたが、
平成17年に築130年の古民家を移築して、
「宿 花まめ」としてリニューアルしました。
にごり湯にも、乳白色や黄褐色、
赤褐色などいろいろありますが、
ここの湯は「黒い色」をしています。
といっても湧き出す源泉は無色透明で、
これが浴槽にためられ、時間が経過すると白濁した色になります。
源泉の温度は約50度で、
加水をされずに注ぎ込まれているため、湯はやや熱めです。
そのため浴室には、「湯もみ板」が用意されています。
これで湯をもんで温度を冷ますのですが、
このとき沈殿していた黒い湯の花が舞い上がり、
一瞬にして浴槽内の湯は真っ黒になります。
地元の人たちは昔から、この黒い湯の花を手のひらでつぶして、
顔にぬり、パック代わりに使用しているといいます。
かすかに硫黄の香りが漂う、温泉らしい温泉で、
私も長年のファンです。
900年以上昔から湧きつづける湯が、
惜しげもなく贅沢にかけ流されています。
湯の中に身を沈めていると、
ここが「道の駅」の中にある温泉であることを
忘れてしまいそうです。
いえいえ、「道の駅」のほうが
900年後に、やってきたのでした。
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