第35回
もう1つの「美人の湯」
以前、このコラムで「日本三美人の湯」の話をしました。
和歌山県の「龍神温泉」、島根県の「湯の川温泉」、
群馬県の「川中温泉」だと。
そして、川中温泉だけが唯一の一軒宿であることも。
現在、一般的にはこの3ヵ所の温泉地が
「日本三美人の湯」と称されています。
ところが、この“美人の湯”の出典元とされる
大正時代発行の『温泉案内』(鉄道省編)には、
4つの温泉地名が挙げられているのです。
その、もう1つの「美人の湯」とは、
群馬県の「松の湯温泉」です。
松の湯温泉は群馬県北部、
吾妻川支流の雁ヶ沢川沿いに建つ一軒宿です。
上流にある川中温泉とは、1キロと離れていません。
源泉は異なりますが、泉質は同じで、
泉温も30度台とどちらも低温です。
松の湯温泉の一軒宿「松渓館」の創業は明治19(1886)年。
それ以前は、医者が温泉を療養のために使っていたといいます。
その後、宮大工、材木商、役場職員と
代々主人たちの副業として営まれてきました。
現在は役場を定年退職した4代目主人の小池勝良さんと、
女将のすみ子さん夫妻が湯を守り継いでいます。
“松の湯”とは、なんとも銭湯のような名前ですが、
これは松の木の根元から湯が湧き出ていたことに由来するそうです。
毎分100リットルという恵まれた豊富な源泉が、
現在でも裏山の中腹からこんこんと湧き出ています。
「使っているお湯は7割だけ。全部引き入れると、
脱衣場まで水浸しになってしまうのよ」
と女将さんは笑いました。
浴室に近づくにつれ、水音が大きくなります。
脱衣場から覗き込むと、信じられない量の湯が
ザーザーと滝のように浴槽から流れ出しています。
かすかに硫黄臭のする湯舟に入ると、
川の中にいるような水流を感じます。
やがて全身が無数の小さな泡の粒に包まれました。
湯が新鮮な証拠です。
「日本三美人の湯」は、実は4つあること。
もう1つの美人の湯も覚えておいてください。
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