温泉で元気・小暮淳

温泉ライターが取材で拾った
ほっこり心が温まる湯浴み話

第36回
お湯に見る豊かさの違い

「お客が変わった」
老舗といわれる戦前から商いを続けている旅館に話を聞くと、
必ず返ってくる言葉です。
昔の客は「泊めていただく」、
今の客は「泊まってやる」
なんだそうです。

「温泉が有り難かった時代の話ですよ」
そう言ったご主人がいました。

背景には、高度成長期以降の温泉地の変貌があります。
その昔、温泉へ行くといえば“湯治”のことですから、
客はすべて長期滞在者でした。
客自らが食料を持ち込み、自炊もしくは
半自炊をして何日も過ごします。
ですから、湯と床を提供してくれる宿に対しては
「泊めていただく」という感謝の気持ちがあったのです。

しかし、1泊2食の宿泊が主流となった現在、
温泉地は日常のストレスを発散する観光地となってしまいました。
客は上げ膳据え膳の豪華な料理と、
殿様扱いされる過剰サービスに優越感を求めるあまり、
「泊まってやる」という横柄な態度になったといえます。

平成以降、増え続ける日帰り温泉施設が、
さらに拍車をかけました。
昔のように、わざわざ遠い山奥まで行かなくても、
身近な街の中で温泉に入れるようになったのです。
「お湯があるだけでは、人はやって来ない」と、
旅館はますます料理やサービス、設備に力を入れて、
温泉以外の付加価値を売り物にするようになりました。

「湯が神様」だった時代は、はるか昔のこと。
今では「客が神様」へと主役が交代してしまったのです。

「質素な料理でも長期滞在をしながら、
のんびりと湯を浴んでいた時代と、
1泊で豪華な料理をお腹いっぱい食べて、
翌日には帰ってしまう現代と、どっちが豊かなんでしょうね?」
そう言った女将さんがいました。

本当の豊かさとは?
温泉地の移り変わりを通して、
おぼろげながら答えが見えてくるようです。


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2012年3月31日(土)

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