温泉で元気・小暮淳

温泉ライターが取材で拾った
ほっこり心が温まる湯浴み話

第23回
温泉はありがたいもの

「今の人たちは、温泉を勝手に使っているよね。
でも本来温泉は、人間が使わせていただいている、
ありがたいものなんだよ」
そう言ったのは、群馬県最西端、
長野県境に近い山奥の一軒宿、
鹿沢(かざわ)温泉「紅葉館」
4代目主人、小林康章さんでした。

誰に対して「今の人たち」と言ったのかといえば、
それは平野部に雨後の竹の子のように増え続ける
日帰り温泉施設のことです。

昭和63(1988)年から全国の市町村にバラまかれた
「ふるさと創生資金」。
1億円の使い道は、それぞれでしたが、温泉のない自治体は、
こぞって温泉の掘削と入浴施設の建設に費やしました。
これによりボーリング技術も飛躍的に進歩し、
かつて地質学者が「出ない」と明言していた平野部でさえ、
温泉を掘り当てることができました。

“うちの近所に温泉があれば、毎日でも入れるのに”
そんな現代人の我がままを、平成の世は叶えてしまったのです。

「我々の商売敵は、日帰り温泉施設です」
そうハッキリと、宿泊客の減少理由として
言い切る温泉宿の主人もいます。
確かに、平日の施設を覗けば、お年寄りたちがカラオケをしたり、
飲食品を持ち込んで朝から晩までくつろいでいる姿を見かけます。
その光景は、街中に現れた“現代の湯治場”のようにも見えます。

「紅葉館」の創業は明治2(1869)年。
往時は10軒以上の旅館がありましたが、
大正7(1918)年に温泉街を大火が襲い、
全戸が焼失してしまいました。
多くの旅館は再建をあきらめ、
数軒が約4キロ下りた場所に引き湯をして新鹿沢温泉を開き、
湯元の「紅葉館」だけがこの地に残って源泉を守り続けています。

湯治場風情が伝わる同館の浴室は、
昔ながらの木枠の内風呂が男女1つずつあるだけ。
湯元であり、豊富な湧出量からすれば、
もっと大きな浴槽や露天風呂があってもよさそうなのですが、
「大切な湯の鮮度を考えれば、
これ以上浴槽を大きくすることはできません。
先祖からも湯と湯舟に手を加えるなと、
代々言い継がれていますから」と言います。

その湯は、やや熱めで、
最初は強烈な存在感をもってグイグイと体を締めつけてきますが、
やがてスーッとしみ入るようになじんでくるのが分かります。

ご主人の言う言葉の意味を、体で知ることのできる
“ありがたい”温泉です。


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2012年2月15日(水)

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