第15回
地震も温泉も自然次第
昨年3月の東日本大震災は、
列島各地に大きな爪あとを残しました。
温泉地も、例外ではありません。
震災直後は、どこの温泉宿も軒並みキャンセルの嵐。
その後も、計画停電やガソリン不足、鉄道の運休の影響をあり、
群馬県内の観光地はパッタリと客足が途絶えてしまいました。
福島県に近いという理由で、風評被害を受けた温泉地もあります。
しかし地震の影響は、そんな間接被害だけではありません。
湯脈を断たれ、温泉そのものが止まってしまった温泉もあるのです。
私が知るかぎり、現在でも数軒の温泉宿が
再開の目処(めど)が立っていません。
と思えば逆に、地震の直後から
温泉の湧出量が何倍にも膨れ上がり、
浴槽からあふれ出た湯が、
脱衣場を水浸しにしてしまった宿もあります。
その後しばらくして、湯量は収まったと聞きますが、
本当に自然とは不思議なものです。
群馬県北部に位置する沢渡(さわたり)温泉でも、
地震当日から不思議な現象が起きました。
沢渡温泉は、 鎌倉時代の開湯と伝わる群馬県内屈指の古湯です。
現在12軒の宿がありますが、
元禄時代創業の「まるほん旅館」は最も古い老舗旅館です。
現在の16代目主人、福田智さんは、
実は数年前までは銀行員でした。
仕事で同館を訪れているうちに、
すっかり湯と先代の人柄に惚れ込んでしまいました。
ある日、先代から
「跡継ぎがいないので、旅館を閉めようと思う」と
相談を受けた福田さんは、
「こんな素晴らしい温泉を持つ、
歴史ある旅館が消えてなくなってしまうの惜しい。
ならば自分が継ぎます」と脱サラをして、
福田家に養子に入ったという異色の経緯の持ち主です。
2011年3月11日。
地震の直後、まるで魔法にかかったように
ピタリと源泉が止まってしまいました。
すぐに福田さんは、隠居中の先代のもとへ報告に行きました。
すると先代は、
「あわてるでない。なんの心配もいらん。じきに湯は出る」
と、まったく動じなかったといいます。
そして3日後、源泉は、
まるで何事もなかったように、
また以前と変わらずに湧き出しました。
福田さんの話によれば、地震の振動で、
地中の圧力ガスが抜けてしまったため、
一時的に湯を押し上げられなくなったのだといいます。
しばらく経ち、またガスがたまり圧力が回復したために、
温泉が湧き出したのです。
そのことを先代は湯守(ゆもり)として、
長年の経験と培われた勘により知っていたのです。
地震も温泉も自然次第ですが、
それを見抜ける確かな湯守がいることも
忘れてはいけない事実です。
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