第8回
浴場で欲情するべからず
「露天風呂ありますか? えっ、ないの!」
答えた瞬間にガチャン!と電話を切られてしまったという
宿主の話を、一時よく耳にしたものです。
そして、時代に乗り遅れまいと、どの宿もこぞって
名ばかりの小さな露天風呂を造りました。
「今は、貸切風呂ですよ。
『ない』と答えれば、やっぱりガチャンと切られてしまいます。
温泉旅館をなんだと思っているんですかね。
うちは、ラブホテルじゃないんだから」
と、あきれ顔の女将さんがいました。
これは某温泉旅館で、取材中に見つけた話です。
貸切風呂の浴室の壁に、
「幸せなふたりへ」と書かれた
木の扉が付いた箱が掛かっていました。
開けてみると中には、
キスをしている男女のイラストが描かれています。
そして、こんな、ただし書が付いていました。
「ここまでにしてね」
宿の主人からのメッセージでした。
「若いカップルには、困ったもんですよ。
平気で風呂の中でアレを始めちゃうんだから。
うちは住宅に隣接しているものだから、
近所から苦情が来るんです。あえぎ声がうるさいって(笑)」
さらに最近では、
「部屋に避妊具が置いてない」という苦情が増えたと、
かなり困惑している様子でした。
貸切風呂は、その昔は「家族風呂」と呼ばれていました。
お年寄りや身体の不自由な人など、
介護が必要な人たちのために造られた浴室だったのです。
それがいつしか、男女が情事目的の密室として
使用するようになるとは、誰が想像できたでしょうか?
浴場で欲情するべからず!
性欲を捨て、聖浴を心がけるべし!
ああ、温泉の未来はどこへ行く・・・
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