至福の一皿を求めて おいしさの裏側にある話

第82回
ワインコルクのキーホルダー

青山のR246から折れた路地に
『マルシェ・オー・ヴァンYAMADA』という
ワインバーがあります。
私は昔
ここのトマトシャーベットがとにかく好きで
何度か行きましたが、最後に訪れたのは1998年。
タランティーノの映画「ジャッキー・ブラウン」を観た
その帰りに
ボビー・ウーマックの'70年代ソウルを
頭に響かせつつ、パム・グリアーになりきって
おいしいワイン飲もうぜ! という勢いで
ラストオーダー直前のお店に飛び込みました。

ここは通常のワインリストの他に
秘蔵の(分厚い)手帳があることで有名なお店。
そこには、目が飛び出るほど高価な
しかしワイン愛好家には垂涎のレアものもあるとか。
私もその手帳を「見せて」もらったことはありますが
いつも、もちろん、通常のリストから選んでいます。

その日の、私の記憶です。
おいしいおいしい、と飲んでいたら
カウンターの向こうから
山田実弘シェフがやって来て
ワインと、ブルゴーニュの話かなんかをして
それがやたら楽しかった。
その後
シェフがいったん厨房へ消え、再び現れたとき
テーブルに転がったコルクを手に取って
何かをキュッと差し込み……。
見ると、シェフが広げた手のひらには
ちょっと葡萄色に染まった
赤ワインの香りのキーホルダーが載っていました。

シェフがなぜ、そうしたのかはわかりませんが
私はその後
体調を壊してお酒を飲めない時期があったこともあり
なおさら印象深く、
自宅の鍵をつけて現在でも使っています。

その山田シェフが2001年、西麻布に開店したのが
『アルモニ』です。
ある週末の、深夜24時。
1階のスタンディング・ワインバーに訪れて
憶えていますか? と
キーホルダーを取り出してみました。

驚いてコルクを見る山田シェフ。
もう5年以上も前の話で、
刻印された文字も、擦り切れて読めません。
「何のワインだったのですか?」
そう訊かれて、私も憶えていませんでした。
しばらく眺め、顔を上げたとき、彼はニコニコとして
「ありがとうございます」
と言ってくれましたが
でも、それは私が言いたかった言葉です。

私は飲んだワインのエチケットを保存しているのですが
帰宅後、それを引っ張り出して
裏のメモを読んでみました。
「1998年5月2日。素晴らしい!と教えてくれたワインを奮発。
MOREY SAINT-DENIS DOMAINE DUJAC 1995 ¥11,500
重すぎず、しっかり熟成した味わいは本当に素晴らしい。
フォアグラのポアレ(いちじくと蜂蜜のソース)も
ほっぺたが落ちそう……」
記念日でもないのに1万円のワインなんて
何かいいことでもあったのかと
当時の自分に訊いてみたくもなりますが
そこに並んでいるのは
とにかく、至福の言葉ばかりです。


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2004年4月13日(火)

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