第30回
ピッツァを焼く薪の木は
秋田から遊びに来た友達夫婦と、
青山のピッツェリアに行きました。
薪窯で作るナポリのピッツァがおいしい店です。
狭い入り口から店に入ろうとした、その時
旦那さんのほうが、ふいに
「楢の木だ」
と言ったのです。
見ると、店の外には窯用の薪が積んでありました。
驚きました。
すでに割られた状態の木を見て
なぜ楢だとわかったのか。
というか、なぜこの人は薪なんかに目を留めたのか。
ピッツァ職人でも、コックでもないのに。
訊ねると、実家が薪ストーブで
いつも薪割りをしていたから、自然と目に入ったと言います。
薪にする木はいろいろあるけれど、ピッツァを焼くなら
匂いやヤニのつかない種類の木。
何種類かあるうち、木肌から見ても
これは楢だろうと思ったのだそうです。
お店の人に尋ねると、本当に楢の木でした。
彼は、おいしいもの、そうでないものに
とても素直に反応します。
気難しいタイプでは全然なく
グルメぶったところも少しもないけれど
おいしいときはガンガン食べるし
そうでないときは、ニコニコしながらも箸が進みません。
彼が毎日食べているものは
実家の田んぼや畑からもらってきた
お米や土つきの野菜、自家製味噌にいぶりがっこ、
山菜採り名人のお父さんが山で採ってくる
山菜やきのこだそうです。
ほどなくして、偶然、仕事で
別のピッツェリアへ取材に行きました。
「窯はイタリアからわざわざ窯職人を呼んで作った」
「小麦粉をはじめそのほかの食材もすべて
イタリアから輸入している」
という、当時流行の宣伝文句を一通り訊き終えたとき
私はふと、そこ積んであった薪を見つけ
ちょっと得意になって
「この薪は楢の木ですか?」と訊ねると、
意外にも、その店長は笑ってこう言いました。
「何の木でしょう。考えたことないですからね」
客は、作り手や提供する側の思惑を
案外軽々と飛び越えて、賢いものです。
自分と家族が食べるものの
出どころや手触りを知っている食べ手に、
他人の食べるものを供する仕事をしていながら
それらを知ろうとさえしない作り手は
太刀打ちできるはずがない。
もちろん、伝える私も
もっと賢くならないといけない。
秋田の彼には、
耳触りのいい言葉で飾られた偽物は
通用しないのです。
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