第55回
革製品だけは外国製に限る
最後に残るのは靴とベルトである。
宿屋のオヤジさんはお客の品定めをするのに、
靴とベルトを見るといわれている。
ベルトはまあ上等の物を黒と茶と一本ずつ持っておれば、
それで間に合ってしまうが、
靴は足に合うか合わないかによって頭にまでひびいてしまうし、
毎日履くと消耗度の激しいものだから、
おしゃれということのほかに、
必要に迫られて誰でも何足か持っている。
日本では外国製品の模倣がうまく、
たいていの品物はすぐにもマスターしてしまうのに、
革製品だけは歴史が浅いためか、
いまーつ自分たちのものになっていない。
なかでも靴はヨーロッパのものに比べて技術的に遅れていて、
一ぺん、イタリア製やスイス製の靴を履くと、
もう日本製の靴を履く気がしなくなってしまう。
ヨーロッパ製の靴で日本人が最初に履き、
そして、その履きやすさに魅せられてしまうのは
多分スイス製のバリーであろう。
私も外国製の靴はバリーとフローシャイムから履きはじめたが、
今でもバリーの靴はまだ現役で
私の靴箱の中におさまっている。
ただし、スポーティな靴とか、
滑り止めのついた靴とか、
特殊なものが多くなった。
というのもバリーは恐らく世界でも
最大の靴メーカーであり、
チューリッヒの本店に行くと、
特殊目的に使うものが一通り揃っているからである。
靴もネクタイと同じように、
同じブランドを長く履いているとあきがくる。
バリーから一時、モレスキーに移り、
中間でブルーノ・マリとか
フェラガモとかいったメーカーのものを履いてみたことがあるが、
最近ではもっぱらテストーニと
タニノ・クリスチーの靴に親しむようになった。
テストーニもタニノ・クリスチーも
値段はイタリア製の中で抜群に高いが、
履き心地がよいことと、
丈夫で長持ちという点でも抜群なので、
目下のところ寵愛中といってよいだろう。
したがってベルトも、両メーカーのものとも使ってみた。
しかし、テストーニは長続きせず、
タニノ・クリスチーのシンプルな止め金のものと、
ダンヒル、それに、
ナザレノ・ガプリエリを代わるがわる使っている。
以上がざっと私の身につけている物の変遷の歴史で、
カジュアル・ウエアのことは頁がなくなってしまったので
割愛してしまった。
着る物などまったくどうでもいいことで、
何を着ても別に人格が変わるわけではないが、
着る物にまったく無頓着になると、
人生に対する執着もなくなってしまう。
朝起きて、今日は何を着ようか、
今日はこういう人にあうから、
この服にしようかと考えることは、
今日はこういうことをしよう、
明日はこういうことをしなくっちゃと
考えることと同じくらい生きていることのあかしになる。
だから、食べることと同じくらいおしゃれにこだわる人は、
まだ当分もつと見て間違いないであろう。
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