そういった意味では日本のサービス業の水準は、アジアで一頭地を抜いている。おそらく、世界でもトップレべルをいくものであろう。もちろん、お値段もトップレべルであるが、その気の遣いようは、アメリカ人など到底、足元にも及ばないものがある。
サービス業の神髄は、何といっても人の訓練である。サービスをする人の訓練がよくできているか、サービスが行き届いているかどうか、がキー・ポイントになる。日本のサービス業は(というよりも、あらゆる部門を通じてサービスにあたる部分は)概してよくできているが、なかでも白眉は料亭で働いている仲居さんたちであろう。料亭には裏方にあたる板前もいれば、下足番もいる。芸子さんもいれば、おかみさんもいる。そのなかにあって、お客を座敷に案内したり、コートや上衣を脱がせたり、あるいは、料理や酒を運んでくる役まわりをしているのが仲居さんである。仲居さんは家事労働者と違って入れかわり立ちかわり入ってくるお客の面倒をみなければならないが、黒子というほどではないにしても、それほど目立った存在ではない。それでいてお客のご用は一切合切承り、その要求を素早く満たしてあげなければならない。
仲居さんは大体が中年から上の人で、おそらく女世帯で子供たちを自分で育ててきたとか、わけがあって一人暮しの人が多いが、年輪を重ねた経験者になると、客扱いにソツがない。お客の職業、地位から交友関係まで熟知していて、身内にしかわからないような会話もできるし、人の噂をするときもさしさわりのある話題は巧みにかわす。転勤の季節が来ると、本人の口からきく前に、栄転なら「おめでとうございます」と挨拶の一つもできるし、地方転勤なら「遠くなってご苦労さまですね」といたわりの一つも口にする。またお客の好みを熟知していて、この人はヒカリ物の魚は食べないとか、この人は漬物がきらいだとかいうこともちゃんと心得ているし、ビールはどの銘柄がお好みか、日本酒党か、ウイスキー党か、日本酒ならどの銘柄をひいきにしているかということまで知っている。コンピュータはどんな情報でもストックできるというが、
コンピュータ顔負けの「生きたコンピューター」こそ料亭の仲居さんであろう。
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