お客本位の心遣いで、売れる商品開発を追求
「売れる商品」とは消費者が喜んでお金を払ってくれる商品のことであるが、それは所得水準の変化によっても、またどの階層を対象にするかによっても違う。と同時に、それをつくるメー力ーの生産能力、技術能力にも大きく左右される。たとえば、自転車や扇風機を生産する能力しかない国民に、いきなりオートバイや自動車や力ラーテレビをつくれと言っても無理であろう。しかし、自転車の生産しかできない国でもオートバイに対する需要はいくらでもある。そういう国にオートバイを売り込めば、かなりの需要が開拓できる。オートバイのような発展途上国向けの商品でも、ステップを踏まないと、すぐれた性能の製品はできてこないのである。
日本のオートバイは、自転車の次のステップの交通手段として考案されたものである。戦後、アメリカやイギリスのオートバイをコピーしてつくられた本格的なオートバイ・メー力ーはたくさんあったが、ほとんど姿を消してしまった。消費者の需要に必ずしもマッチしていなかったからである。それに対してホンダが生き残れたのは、ホンダが海軍の通信機についていた軽発動機をはずして自転車に取りつけたことからはじまったというエピソードに見られるように、消費者の実際的な必要に合致した商品づくりに徹してきたからである。
食糧の不足した戦争直後は、ヤミ米を買いに田舎を往復しなければならなかった。リュックサックを担いで、電車に乗ると、駅の出口に警官が立っていて、せっかく担いできたヤミ米を没収されるおそれがあった。警官にとがめ立てをされず、最も安全に家へ辿りつく方法は、警官が見張りをしていない裏街道を迂回するよりほかない。しかし、食べる物もろくに食べていない者が遠くまで自転車のペダルをこいでいたのでは、そのまま力が尽きて行き倒れになってしまうおそれがある。そうしたヤミ米運びにうってつけの交通手段として選ばれたのが、俗にいうバタバタであり、値段からいっても実用性からいっても、その当時の日本人の要求にうまくマッチしていた。 |