国内に資源のなかったことが工業を発展させた原動力
日本が工業的に成功した諸条件
日本人は戦争直後、工業への道を歩むよりほかに生きる道がなかったことは事実だが、そのとおりだとしても、日本人にそれだけの資質と基礎的な条件が揃っていなければ、今日のような成功を得ることはできなかったに違いない。
かつて「驚くべき日本」という特集記事をつくったロンドンの『エコノミスト』誌は、日本が工業的に成功した理由として、

(一)軍需産業の基礎があった。
(二)教育水準が高く、文盲がいない。
(三)地形が北東から西東に長い列島の海岸沿いに工場がつくられ、交通が至便なこと。

という三つの条件をあげた。おそらくそのいずれも重要な要因であろう。
どこの国でも工業の発展してきたプロセスを見ると、軍事上の必要に迫られて支配者が採算を無視して莫大な予算を投じ最新鋭の武器をつくる。
日本では、アジアの国々としては唯一、ヨーロッパ諸列強に伍して帝国主義的侵略の先鋒に立ったので、軍艦、戦車、火器、のちには航空機の製造に血眼になり、物によっては欧米に負けないだけの技術水準に達していた。それが敗戦によって武装解除されたばかりでなく、武器の製造を一切禁止されたので、今まで武器や爆弾を作っていた工場が鍋釜をつくったり、石鹸やサッカリンをつくってメシを食っていかなければならなくなった。
戦車や大砲をつくる技術で鍋釜をつくれば、いささか「牛刀で鶏を割く」きらいはあるが、精密度や仕上げのよい製品ができることは確かであろう。まさか軍需工場が民需を手がけたおかげで、日本が世界中にほこる電気炊飯器をつくるようになったというわけでもなかろうが、さしあたりの国内供給と、加工製品の輸出以外に、日本人がメシにありつく方法がなかったので、日本人は否応なしに工業生産を手がけるようになったのは確かである。
また明治以降、義務教育を実施してきたおかげで、日本には文盲はいなかった。戦後の高等教育の普及ぶりに比ぶべくもないが、終戦の時点においてさえ、日本人の教育水準はアジアの他の国々はもとより、アメリカに比してもけっして劣っていなかった。そういう国の人が全知全能を工業生産に集中すれば、短期間に長足の進歩をとげることはあり得ないことではない。

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