しかし、いくら珍しい材料を、なるべく新鮮な味のまま提供するつもりでも、料理は最初の突き出しと、続くお汁で勝負がきまる。はじめて入った料理屋で、出てきた突き出しが凡庸な、味もいい加減なものであると、もうあとは推して測ることができる。お汁は、こったものになると、スッポンとか、ハモとか、材料の高価なものが出てくるが、たとえユバか、ジュン菜が一切れ二切れ浮かんでいるだけのものであろうとも、一口すすっただけで、料理人の腕がわかってしまう。だから、応募原稿で、一千人の中から、せめて予選だけでも通してもらおうと思えば、最初の三枚でとにかく及第しなければならず、時間にして大体、五分間が勝負といってよいだろう。目的があって、人に気に入ってもらおうと思えば、そういうところに精神を集中して、時間を有効に使わなければならないと思う。
面接試験の時だってそうである。何百何千人もの応募者の中から自分に注目してもらおうとすれば、三分間か五分間くらいの間に、自分を売り込む必要がある。嘘かホントか知らないが、三船敏郎がサッポロビールのテレビコマーシャルに出ていた頃に、サッポロビールの入社試験を受けにいった大学生の中で、面接場に入って、試験委員から、何をきかれても答えない男があった。
「キミ、どうして答えないんだね」
ときかれたら、
「男は黙ってサッポロビール」
と答えたとか。おかげで物の見事に入社がかなったそうであるが、仮にそれが本当だとしても、この芝居は最初の一人にしかきかない。次に同じことを繰り返したら失笑を買うだけであろう。
私が知りたいのは、そういうコマーシャルをよく見ているとか、入社しようとしている会社の宣伝に気をつけているとかいうことではなくて、三分間か、五分間で、自分の人間を、自分の望んでいるようなイメージで、人に知ってもらう修練を積んでいるかどうかである。
もちろん、それはナマクラな地金にキンピカのメッキをして、人の目をごまかせということではない。地金が銅であっても、錫であってもそれはかまわない。自分を人に認めてもらいたい人は、五分間で自分を売り込むにはどうしたらよいか、をよく研究してみる必要がある。自分をうまく売り込めるようになったら、腕のよいセールスマンになるくらい何の造作もないに違いない。 |