第38回
シンセン・上海の次に大化けするのは天津だ!
社会主義中国が先ず資本主義経済を試験的にスタートしたのが、
香港に隣接するシンセンであることは、皆さんご存知の通りです。
開放経済の前は、漁村で住人も少なかった場所が、
今では流動人口も入れると1000万人を超える
中国でも有数の大都市にまで成長しました。
僅か30年足らずでこの大発展を成し遂げたのです。
私が1992年から銀行の香港駐在員となった頃は、
シンセン・広東省にはまだ高速道路さえなく、
シンセン―広州を結ぶ高速道路が完成したのが
それから約5年後でしたが、その当時、上海には
まだ地方都市と結ぶ高速道路すら完成していませんでした。
経済開放が軌道に乗り、上海は瞬く間に大開発が進み、
今では上海は中国で最も発展した国際的大都市にまで成長しました。
実は私の友人の華僑は、
シンセンが大発展する際に不動産開発で大儲けし(数億円)
一生遊んで暮らすと本当に遊んで暮らして数年でお金を使い果たし、
次に上海の不動産開発で大儲けし(10数億)
またまた、一生遊んで暮らすといっていましたが、
また数年でお金を使い果たしてしまいました。
その後音信普通でしたが、
最近天津で不動産開発を始めたということで呼びさされて、
先週天津に行ってきました。
彼は、シンセン→上海
そして今回は天津で大儲けをたくらんでいるのですが、
その根拠は何だと思いますか?
中国では政府の政策の大きな波に乗れれば大儲けできるというのが
彼の持論です。
シンセン、上海はもちろんのこと、
何で彼が今天津に目を付けたかというと、
天津が中国政府の第11次5ヵ年計画の重点都市に入っており、
政府から巨額の資金が投入されるからです。
華南のシンセン、華中の上海の次は
華北の天津の大発展が国家の重点政策で決まっているのです。
国家の5カ年計画がある場所に
彼はチャンスを求めて移動しているのです。
彼のやり方は常に同じですが、
多額の接待費を使って地方政府の高官と親しくなり、
開発用地の有利な割り当てを受け、次に銀行員と親しくなり、
可能な限りの融資を引き出して、プロジェクトを作り出し、
プロジェクトの途中で転売するという手口です。
今回私が呼び出されたのは、
天津の市内の一等地で開発途中のホテルが売りに出されており、
銀行が一定の条件を満たせば
100%ファイナンスをしてくれるのだが、
当初10億円程度の資金をまず銀行にいれないと、
100%ファイナンスを引き出せない、
今彼は複数のプロジェクトを抱えていて、余裕資金がないとの理由で
私に助けを求めてきたのです。
100%ファイナンスが受けられた時点で
当初の10億円が返ってくる仕組みの上に、
銀行融資は保証人が要らないので、実質ノンリコースファイナンス。
つまり、自己資金ゼロで客室24室のホテル
(延べ床面積19,000平米 13階建て)が買えるというわけです。
これは千載一遇のチャンスだと私も力が入っています。
彼に言わせると、天津は政府肝いりの大開発の真最中なので、
政府の役人も銀行員も実績を付けようと、
上海・北京に比べれば物事が非常に簡単に進んでいくとの事で、
妙に納得してしまいました。
彼は今度こそは数十億円を天津で儲けて、
一生遊んで暮らしたいと豪語していますが、
いくら金があってもまた数年で使い果たしてしまうのでは
と思っています。
彼の生き方を見ていると、
遊んで暮らすのが楽しいのか、
波に乗って仕事をして数十億を儲けている時が楽しいのか
どちらかわからなくなります。
私は、楽しみながら仕事をして人生も楽しみたいと思いますが、
そんなことでは数十億は儲けられないかもしれませんね。
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