第192回
骨董を見る目―南宋青磁の逸品 ペンキの色が決め手
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南宋砧青磁浮き牡丹花生
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心の隅に「こんな名品、あるわけが無い」
警戒信号が相変わらず『ちらちら』燈る。
特に青磁の写し物(コピー)は昔から巧妙に作られている。
昨今のように宋代や元代の青磁作品などめったに無かった
20年前のことである。
目の前にある砧青磁の香炉一点作れば
10年や20年優雅に食っていけるほどの値打があったのだ。
偽物作りに励む陶芸家も
命を掛けるくらいの真剣さでやるから手に負えない。
僕は孔があくほどルーペでチェックした。
目がボーっとして、焦点が定まらない状態になってしまった。
よいと思うのだが
良すぎて疑問が沸く作品がこれまでに数点あった。
後から振り返るとそれらは皆何かしら問題があった。
袴腰香炉には裏の三足の付け根辺りに、
白ペンキでF120と書かれていた。
それは古墳発掘時の出土品に記される記号に似ていた。
その白ペンキの色も、
表面が黄ばみ細かいひび割れが無数に入っている。
まるで古い油絵のクラックを見るようだ。
僕はそれで決心した。
スワルディさんと厳しいやり取りの後、
1万5千ドルで交渉を成立させた。
入手後、裏面のペンキで描かれたF120という文字を調べた。
戦前オランダ人銀行家でデ・フリネスという人がいた。
彼は日本人の百貨店経営者、岡野繁蔵氏と競うようにして
インドネシア出土の古美術を収集している。
岡野氏のコレクションは昭和17年の日本橋三越で展示即売され、
数寄者に好評を博した。
さてデ・フリネスの収集品の殆どは、
現在ジャカルタ国立博物館の収蔵品となっている。
そのコレクションの一部に、
同様のマークが付いていることを偶然知った。
それにデ・フリネスのコレクションのうち極上の何点かが、
家族によって戦前に売りに出されたことを
親しいディーラーから聞いた。
あまりにも出来すぎたシナと出会った時、
心の中で警戒信号を発するのはプロの宿命。
この香炉は白ペンキで決断を促されたものだった。
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