第191回
骨董を見る目―南宋青磁の逸品
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南宋砧青磁袴腰香炉
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20年程前、ジャカルタのとあるホテルで、
『ちょっと危ない人』と取引をした。
彼はアンボン出身で名前はスワルディといい、
40歳代の食えない男だ。
彼が運んでくるモノの中には、すごい名品があるかと思えば
見分けがつけがたい程、良く出来た偽物もけっこうあった。
その比率は経験値から言うと五分五分ぐらいだ。
だから彼と取引をするときの品定めにはいつも緊張させられた。
本物であっても、どこからどう回ってくるのか
有名な私設美術館の収集品なんかであったりする。
それにコレクターから通報された、
手配写真に載っているようなものまで
堂々と扱う大胆なところがある。
その辺を注意して買い付けると、
僕にとっても結構利幅のあるよい品が入手出来た。
そんなわけでジャカルタに行くと必ず彼にコンタクトした。
その日もいつものように、
彼がホテルのベッドの下から箱をおもむろに取り出した。
表面に紺色の布を張った上品な保管箱だった。
パチッという金属音と共に蓋が開き、
ぬるっとした粉青色の陶磁の肌がチラッと見えた。
それは翡翠に似た極上の青磁の香炉だった。
日本では砧青磁、袴腰香炉と呼ばれる非常に高価な品だ。
日本に伝来している幾つかの名品より
釉調も優れているように思えた。
僕の頭の中で二つの意見が対立した。
「こんな美しい青磁、あるわけ無い」
とつぶやいていた。
まだ箱から完全に取り出されていないのに、
手を伸ばしてその青磁香炉を握り締めた。
掌に吸い付くような滑らかな肌だった。
ためつ眇めつ眺めてみたが、
すべてが約束どおりの出来で全く問題は無い。
青磁釉はたっぷりと厚みがあり、
極上の砧青磁に時々見られるミミズが這ったような線もある。
口辺部のやや薄くなった釉薬に小さな気泡が沸くように見える。
中を覗き込むと脚付き部分に空気抜きの小さな穴も開いている。
疑問の余地が無い作品で
「価格は2万ドルだ」と言う。
この香炉であれば持って帰っても十分に商売が出来る。
(つづく・・・・)
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